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第22話 騎士団からの要請
しおりを挟むサイラスがしばらく孤児院に来られなくなる。
セレーネとの婚約話が破談になった今、唯一の接点は孤児院だけ。ルセインに住むようになって、これからは顔を合わせる機会が増えるかもしれないと考えていただけに、リアンの受けたショックは大きかった。
そんなリアンの様子に気付かず、サイラスは話を続ける。
「見合いのために先延ばしにしてた仕事に取り掛からなきゃいけなくなってな」
「騎士団のお仕事?」
「そう、遠征任務。一ヶ月くらい国境に行くんだ」
騎士団の仕事は主に街道に出没する魔獣や盗賊団などの排除または討伐することである。平時は王都近郊を巡回しており、遠隔地は地方分団が管轄し、精鋭部隊は必要に応じて派遣する仕組みになっている。
サイラス率いるレイディエーレ隊は騎士団精鋭部隊の一つで、以前から派遣要請が来ていたが延期していたという。一度遠征に出れば予定通りに帰還できるとは限らない。ウラガヌス伯爵家から申し入れられた見合い話を優先した理由は、セレーネの魔力付与能力に期待していたからだ。サイラスは魔法での戦闘ではあまり役に立てない。遠征前に魔力不足を解消したいという打算的な理由もあった。
「数日以内には発つ」
「……ふうん」
とりあえず別の隊に先に行ってもらっていたが、もうすぐ入れ替わりで遠征任務に就くらしい。
二つ並んだ丸椅子に腰掛け、肩が触れるくらい近くにいるのに、やはり二人の間には埋めようのない深い溝が横たわっている。サイラスについて知れば知るほど、リアンは何もない自分が情けなく思えた。
「怪我しないように頑張ってね」
せめて笑顔で送り出そうとリアンが無理やり口の端を上げて笑ってみせると、サイラスはきょとんとした顔をした。何故そんな顔をされるのだ、とリアンも怪訝な顔になる。
「あのさ、リィ。手紙見てないのか?」
「手紙?」
何の話か分からず聞き返すと、サイラスは大きな溜め息を吐き出しながらガクリと項垂れた。
「大事な話だから、口頭じゃマズいと思って書面で出したんだよ。……リアン・ユニヴェール宛てに騎士団から遠征任務に同行を求める応援要請を」
「……はぁあああ!?」
今度こそリアンは絶叫した。
ドロテアの家に住み始めて数日。自分宛ての手紙が届くなんて夢にも思わず、リアンは全ての手紙をドロテアの仕事部屋の机に置いている。その中に騎士団からの要請状が混ざっていたに違いない。ドロテアは恐らくまだ手紙の束を積んだままなのだ。いや、軟禁中に溜まっていた手紙を順番に確認しているから発見が遅れているのだろう。
たった今サイラス本人から知らされてしまったわけだが、帰ったら急いで探さなくてはとリアンは焦った。
「君、さっきは『特殊な能力があるかどうかは関係ない』とか言ってなかった?」
「それはオレ個人の意見! でも、騎士団の任務を考えたらやっぱり魔力を供給してもらえると助かるし」
「なんだよそれ!」
またしてもリアンの機嫌を損ねてしまい、サイラスは困り果てた。応接室に戻ってきた院長が仲裁をするまでリアンはずっと拗ねていた。
「あらあら。ケンカするほど仲が良いという言葉は貴方たちのためにあるような格言ねぇ」
心底微笑ましいと言わんばかりに慈愛の瞳を向けられてしまえば怒り続けることも出来ない。
「それで、リィのお話はなんだったのかしら」
「あ、ええと、その」
以前より通いやすい環境になったのだ。子どもたちの遊び相手だけでなく孤児院運営の手伝いが出来たら、とリアンは考えていた。まずは院長に相談するはずだったのだが、その前に騎士団から遠征任務に同行するように要請されていることを知ってしまった。どうしようかと悩むリアンの肩を、サイラスが軽く小突いてくる。
悩む原因を作った張本人を睨みつけると、サイラスは目を細めて意味ありげな笑みを浮かべた。分かってるよな、と言いたげな目である。
「院長先生」
リアンは覚悟を決め、話を切り出した。
「今日はサイが力仕事を全部やってくれるそうですよ」
「あらまあ助かるわ!」
「え、ちょ、リィ!」
急な話に焦るサイラスと喜ぶ院長。
「実は、いつもお手伝いに来てくれる方が腰を傷めちゃって薪割りと水汲みが全然終わっていないのよ。お願いできるかしら? サイ」
「は、はい……任せてください」
意外と遠慮なく頼んでくる院長に、サイラスは引きつった笑顔で了承した。薪割りも水汲みもかなりの重労働である。断れば院長が老体に鞭打つことになる。ならば自分がやるしかない、とサイラスは腹をくくった。
「その間、僕は子どもたちと遊んでるからね」
「……オレもそっちがいい……」
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