19 / 93
第19話 仕事内容と這い寄る恐怖
しおりを挟む「魔法省の仕事って何をするんですか?」
リアンはずっと気になっていたことを尋ねてみた。基本在宅で分析や研究をしていると聞いてはいたが、具体的な仕事内容については何も知らない。しばらく一緒に暮らすのだから、最低限の守らねばならない決まりや注意事項などを確認せねばならないからだ。……というのは建前で、単に興味があるから質問したのである。
「主に古い魔導具の研究をしておりますの。古過ぎて用途が分からなかったり、破損しているものの魔力回路を解明して修繕したりとか」
「魔導具、ですか」
馴染みのない単語に、リアンは首を傾げた。
「数十年前までは貴族の間で割と流行していたのですよ。でも、魔導具を製作している国で内乱が起きてからはパッタリと出回らなくなってしまって。ですから、我が国にあるものはみな古い物ばかりで」
説明しながら、ドロテアは仕事用の部屋にリアンを招いた。一番奥の部屋である。重厚な一枚板の四隅には金属板が付けられ、大の男が数人掛かりでも破壊できないと思わせるくらい頑丈な造りをしていた。魔導具とはそれほどまでに危険なのか、はたまた高価過ぎて狙われるのか。扉を見ただけで、リアンは少し怖気付いた。
しかし、実際に魔導具を見て拍子抜けする。仕事用の机の上に並べられている品物は女性用の装飾品ばかりだからだ。銀製の髪飾り、首飾り、腕輪、指輪。どれも年代物らしく金属部分はくすんで輝きを失っている。
一方、壁際のガラス棚に飾られているものは綺麗に磨き直されており、王都の一流店で売られていてもおかしくないほど見映えがする宝飾品ばかりだった。
「例えばこちらの髪飾りですけれども、端の細工が壊れたせいで魔導具としての機能が失われてしまっているのです」
「ほんの少し欠けただけで駄目なんですか?」
「壊れた箇所にもよりますわ。高価な魔導具ほど意匠が繊細で、何か一つ、飾り石を別のものに変えたり留める用の金具を取り替えただけでも使えなくなりますから」
「それは、また……」
女性用の宝飾品として作られているからか、どれも指で摘めるほど小さい。美しい細工は同じものが二つとなく左右対称でもない。欠けた箇所を見つけるだけでも苦労するに違いない。
「わたくしは魔法が使えない代わりに魔力の流れを見ることに関しては自信があります。魔法省から依頼された魔導具を預かって、使える状態にするにはどうすべきかを調査研究しているのです」
詳しく聞けば聞くほどドロテアの仕事内容は難しい。ひょっとしたら手伝えることがあるのではないかという考えは甘かった、とリアンは肩を落とした。だが、ただ世話になるだけでは気が済まない。
「庭に香草が植えられていましたけど、ドロテアさんが管理しているんですか?」
この家に入る際に気になった庭について尋ねれば、ドロテアはキョトンとした顔で首を傾げた。
「定期的に管理人さんがお庭の手入れや部屋の掃除をしに来てくれているので、わたくしは全然わかりませんの。綺麗なお花が咲いてるな~とは思いますけれど、植えられている草花や木々がどんなものかは知りませんわ」
「そ、そうですか……」
やはり、ドロテアは箱入りのお嬢様育ちである。普通の平民が住む家は、依頼しない限り管理人が通いで庭の手入れなんかしないし部屋の掃除もしない。アルカンシェル公爵家からの依頼で……いや、公爵家の使用人が管理人と称して時々様子を見に来ているだけかもしれない。
「じゃあ、食事はどうしているんですか」
まさか毎食公爵家の料理人が作りに来ていたらどうしよう、と恐る恐る聞いてみると「ほぼ外食で済ませている」という返答だった。立地的にもルセインの中心街に近くて飲食店が多い。自炊をしなくても十分暮らしていけるが、リアンからすると贅沢に思えてしまう。
「あの、僕が食事の支度をしてもいいですか」
「リアンさんが?」
「あんまり上手くはできませんが、毎回外に食べに行くのも大変ですよね。だったら家で作ったほうがいいかなと思いまして」
リアンの提案に、ドロテアはパァッと表情を明るくした。まるで小さな子どもが綺麗に包まれた菓子を貰った時のような、ワクワクとドキドキが混ざった屈託のない笑顔である。
「ぜひ! ぜひお願いいたしますわ!」
嬉しそうなドロテアの反応を見て、これなら僕でも役にたてそうだ、とリアンも嬉しくなった。
早速厨房に行くと、食材の貯蔵庫には大きな燻製肉やパン、卵、チーズ、日持ちのする根菜や芋類などが入っていた。ウラガヌス伯爵家で軟禁されていたドロテアが戻ってきたから補充したのだろう。恐らく、何者かが一緒に住むリアンに期待して材料を置いていったのだ。性格も思考も読まれている、とリアンは冷や汗をかいた。やらないという選択肢はもうない。
「ええと、では、今夜は僕が作りますね」
「まあ、楽しみですわ!」
リアン特製の根菜と燻製肉のスープ、じゃがいもとチーズのガレット、オムレツを食べたドロテアはいたく感激した様子だった。
「この家で作った食事なんて初めてですわ! リアンさんはお料理の勉強もなさっていたの?」
「いえ、ウラガヌス伯爵家の料理長が作っている姿を見て覚えただけです」
「素晴らしいわ! わたくしも一人で暮らし始めた頃に挑戦してみましたけれど、かまどに火をつけたら危うく火事になりかけてしまって。それからは控えておりますの」
ほとんど使われていないはずなのに、かまどの周辺だけ黒ずんでいた理由が判明した。
「リアンさん、是非また作ってくださいね」
「これくらいで良ければ喜んで」
炊事係という役割を得て、リアンはホッと胸を撫で下ろした。が、翌朝使ったはずの材料が補充されていたり種類が増えていることに気付いて怖くなってしまった。
88
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

カランコエの咲く所で
mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。
しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。
次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。
それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。
だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。
そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる