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第15話 雷魔法発動

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 郊外演習の日がやってきた。王都から程近い騎士団所有の広大な演習場は平民の立ち入りが制限されており、実戦以外で思いきり魔法が使用できる場所となっている。

 今回はレイディエーレ隊のみが演習を行う。隊員は隊長のサイラスを含め十名。サイラスの指揮の元、彼らは軽く体を動かすなどして準備を進めていた。

 その様子を少し離れた場所から眺めているのはウラガヌス伯爵家の面々である。当主グラニス、セレーネ、そして今日は嫡男ゲラートも同席している。日除けの天幕の下、簡易椅子に腰掛けた彼らの背後にリアンが立って控えていた。演習場を挟んだ向こう側には同じように天幕が張られ、レイディエーレ侯爵と数名の護衛が待機している。

「お父様、今日は侯爵様のおそばにいなくていいの?」
「先ほど挨拶は済ませた。閣下は雑談がお嫌いのようでな、ずっと隣にいると息が詰まってかなわん」
「見え透いた世辞や無駄話は逆効果になりかねませんからね。父上の判断は正しいですよ」

 グラニスは前回の顔合わせの際に何度話題を振っても盛り上がらなかったことで懲りている。演習の間ずっとレイディエーレ侯爵の隣で緊張し続けるより子どもたちと共に過ごすと決めたらしい。

 休憩用の天幕を離すよう進言したのは、父親よりやや慎重な性格のゲラートである。離れた場所からでは正確な魔力感知は難しい。魔力の供給源がセレーネではなくリアンだと万が一にも露見しないよう対策を取ったのだ。準備を行う隊員にも快諾され、演習場の端と端に陣取る形となった。

 サイラスの号令により騎士たちが整列する。距離があるため何を話しているかまでは聞き取れない。孤児院での優しげな笑顔ではなく引き締まったサイラスの表情に、リアンの胸が僅かに高鳴る。同時に、やはり彼とは住む世界が違うのだと見せつけられた気がして軽く落胆した。

「ねえ見て、お父様、お兄様。左端のかた、以前わたしがお断りした見合い相手じゃない?」
「本当だ。たしか男爵家の三男だったか」
「こうして並ぶと、やっぱり見劣りしちゃうわ。サイラス様のほうが背が高くてお顔も凛々しいですもの!」

 ひどい言い草だと思いながらも、サイラスのほうがカッコいいという点だけはリアンも内心で同意した。隊長を務めているだけあって、サイラスは毅然とした態度で隊員たちに接している。それでも、気心が知れたヴェントやラドガン相手にはやや硬い表情が崩れる時もある。そして、時々リアンに向かって視線を向けて軽く目を細めるのだからかなわない。

 だが、その目がリアンに向けられているとは露ほども思っていないセレーネがきゃあきゃあと騒ぎ立てた。そんな様子に気付いたヴェントがラドガンの肩を叩き、二人揃って笑顔で軽く手を振り返すと、またセレーネが歓喜の声を上げる。

「お父様、お兄様、今の見まして? 御二方がわたしに手を振ってくださいましたわ!」
「気に入っていただけたようだなセレーネ」
「ええ! サイラス様もですけれど、ヴェント様もラドガン様もとてもお優しくて素敵な殿方ですの!」

 浮かれたセレーネは尚も続ける。

「あーあ、ヴェント様たちが跡取りでしたら良かったのに。御二方がサイラス様に劣る点といえばそこだけですわ」
「確かヴェント様は末子、ラドガン様は次男だったか」
「家柄はラドガン様が一番良いのよねぇ。でも、流石に公爵家は畏れ多いわ」

 レイディエーレ侯爵家とレクサンドール侯爵家、アルカンシェル公爵家はそれぞれ王都を囲む要所である衛星都市の統治を任されている。とりわけアルカンシェル公爵家は初代国王の末子の血筋。現在も王家との繋がりが深い由緒ある家柄である。自信家で我が儘令嬢のセレーネもさすがに気後きおくれするようだ。

 天幕が離れているからと好き放題話すウラガヌス伯爵家の面々に、リアンは呆れて肩をすくめた。

 同時に、サイラスとの見合い話が進行している最中にも関わらず平気で他の男に目移りし、品定めをするセレーネに少しだけ怒りを覚えた。過去に縁談がまとまらなかった原因はセレーネの選り好みのせいであり、娘を甘やかして咎めなかったグラニスの責任である。もし見合いがうまくいって結婚したとしても簡単に浮気しそうだな、とリアンは思った。

「それより、リアン」
「なんでしょうゲラート様」

 椅子に座ったゲラートが肩越しにリアンを睨み付ける。不機嫌そうな表情を見て無意識のうちに背筋を伸ばした。

「俺の明日の予定はどうなってる?」
「キャリー様のお屋敷にて開かれるお茶会に参加する予定ですが」
「フン、そうだったか」

 リアンはゲラート宛ての手紙の確認と返信を任されている。キャリーとはゲラートの婚約者の名前で、彼女からの手紙の返事や添える贈り物も毎回リアンが対応していた。

「急に別の約束が入ってな。適当な理由をつけて断っておけ」
「……わかりました」

 ゲラートがいい加減な性格のため、リアンが完璧に予定を管理していても直前に変更を強いられることが多々ある。自分のせいではないとはいえ、詫び状を書くたびにリアンは申し訳ない気持ちになった。しかも、後から決まった約束というのが他の令嬢との密会なのだから罪悪感は増すばかりだ。

 周りに聞こえない程度に小さく息をついてから顔を上げれば、こちらに歩み寄ってくるサイラスと視線が交わった。どうやら準備を終えて呼びに来たらしい。慌ててリアンは顔をそらし、セレーネたちに声を掛けた。

「リアン、うまくやりなさいよ!」
「今回が正念場だ。我がウラガヌス伯爵家が侯爵家と並ぶまたとない機会だ。抜かるなよ!」
「……」

 前回は魔法の発動がうまくいかなかったため、再度魔力付与を試すことになっている。演習場を挟んだ向こう側の天幕では、レイディエーレ侯爵が険しい顔でこちらを睨みつけていた。

「では、サイラス様に魔力を付与いたしますわね!」

 サイラスの手を取って椅子から立ったセレーネは。得意満面の表情で優雅にドレスの裾をつまんで腰を屈めた。そして、遠くからでもよく見えるように両腕を天高く掲げてみせる。リアンが遠隔で魔力を生成し、セレーネの動きに合わせて生成した魔力をサイラスへとゆっくり移していった。

 先ほどの会話を聞いた後で気が滅入っていたからか、生み出せた魔力の量は前回の三分の二ほど。それが却って良かったのだろう。今回は暴走状態には陥らず、サイラスは魔力を受け取った後も冷静さを欠いていない。「よし」と小さく口の中で呟いてから、彼はセレーネに背を向けた。

「──穿うがさばきのいかづち、“雷槍らいそう”!」

 短い詠唱の直後、演習場の端にある木に雷が落ちた。大人の男の胴ほどもある太い幹が縦に割れ、雷鳴の余韻を轟かせながら倒れてゆく。広大な演習場全体の空気がビリビリと揺れ、居合わせた全員の体を揺らした。

 自分が放っておきながら、サイラスはぽかんと口を開けてその光景を眺めていた。

「隊長、すごいじゃないですかぁ!」
「普段とは段違いの威力ですね」

 ヴェントとラドガンが駆け寄り、笑顔でサイラスの肩を叩く。雷魔法をうまく発動できて余程嬉しかったのか、サイラスも笑顔で賛辞を受けている。他の隊員たちも驚きが隠せないようで歓声を上げていた。

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