【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢

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第10話 発動条件と恋の自覚

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 二度目の顔合わせを数日後に控え、ウラガヌス伯爵家では『セレーネを魔力付与能力者だと信じさせる方法』についての話し合いがおこなわれていた。能力に目覚めたばかりでリアン自身もどうしたらいいか分からないため、離れで監禁中のドロテアから意見を聞くことにした。

 見張りや使用人以外の訪問が珍しいのか、ドロテアは伯爵家の面々を笑顔で出迎えた。約十日ぶりの対面である。特に憔悴も疲労もないドロテアの様子に、リアンはホッと安堵の息をもらした。

「セレーネ様を魔力付与能力者に仕立てる方法、ですか」
「そうだ。うまくいけば解放してやる」
「わかりました。少々お時間をいただきます」

 グラニスからの無茶な要求にうろたえるどころか、ドロテアは嬉々として案を練り始めた。元々リアンの能力に興味があるから首を突っ込んでいる。ようやく本来の目的に近付けたと言わんばかりにやる気に満ち溢れていた。

「まず、現在リアン様がどの程度魔力を操作できるのか把握いたしましょう。リアン様、こちらへ」

 リアンを自分のそばへと招き寄せたドロテアは難しい顔で首を傾げた。グラニスたちに聞こえぬよう小さな声で話し掛ける。

「……リアン様、なにか嫌なことでもありましたか? 今日は魔力が少しも感じられませんよ」
「ええと、あの」

 言いよどむ様子から何かを察し、ドロテアはリアンの肩をポンポンと叩いた。親しみのこもった接触に、リアンがうつむいていた顔を上げる。

「貴方の能力は精神状態に大きく左右されてしまいます。落ち込んでいると魔力の生成も付与もできなくなります」
「やっぱり僕には無理なんじゃないでしょうか」
「当日の精神状態次第では難しいかもしれませんね」

 小声でやり取りしているリアンとドロテアに痺れを切らしたのか、ずっと待機していたセレーネが「ちょっと!」と口を挟んだ。

「魔力付与がうまく出来なかったらアンタたちの責任なんですからね! 真面目に考えなさいよ」
「そうだ、早く考えろ」

 ヒステリックな声で捲し立てるセレーネに、ゲラートはやや引きながらも同意した。レイディエーレ侯爵家と縁続きになれるという打算だけでなく、兄として可愛い妹の願いを叶えてやりたいという気持ちもある。

 かされたドロテアはいつもの朗らかな笑みを浮かべながらウラガヌス伯爵家の面々に向き直った。

「ご要望にお応えするためには特訓をせねばなりません。数日かかりますが、セレーネ様もご一緒に受けられますか」
「え、何日もぉ?」

 特訓と聞いて、セレーネは露骨に嫌そうな顔をした。美容以外の地道な努力をしたことがない彼女は、明らかに面倒そうな話に忌避感を抱いている。もちろん、セレーネが嫌がるようにわざとそう説明しているのだが。

「主にリアン様の魔力操作の訓練になりますので、セレーネ様は最後の調整時だけご参加くだされば問題ありませんけれど」
「じゃあ、その時だけ呼んでちょうだい」
「わかりました。そうさせていただきます」

 グラニス、ゲラート、セレーネを言いくるめ、見張りの護衛にも「集中力が途切れると訓練にならないから」と説明して部屋から出てもらうことに成功した。

「さて、邪魔者がいなくなりましたわね」
「本当に何日も訓練するんですか?」
「いいえ、リアン様と二人きりで話す時間を確保するための方便ですわ。もちろん魔力操作の訓練はやりますし、ご希望でしたら何日でもお付き合い致しますけれど」
「訓練はしますけど、休憩は挟んでほしいです」
「まあ!」

 ようやく二人だけで話せるようになり、ドロテアは肩を震わせて笑った。つられて、リアンも笑う。

「まずは能力の把握から致しましょう」

 これまでリアンの能力が開花しなかった理由はウラガヌス伯爵家の人々から雑に扱われてきたから。精神的な抑圧や負荷は生成した魔力を残らず霧散させてしまう。自分の無力さに打ちひしがれるリアンに、ドロテアは更に話し続けた。

「あの日、ミリーちゃんが体調を崩す前に何を考えていました? どんな気持ちでしたか? ゆっくり思い出してみてください」
「えっ……」

 ミリーが不調を訴えた後のことばかり何度も思い返しては悔やんでいたが、その前のことはすっかり頭から抜けていた。リアンは孤児院を訪れて子どもたちに囲まれたあたりまで記憶を遡り、自分がどんな気持ちだったか振り返ってみる。

 ウラガヌス伯爵家とは違うあたたかで優しい空気に安心した。子どもたちと笑い合い、遊ぶ時は気持ちが高揚した。ミリーと物置き小屋に隠れた時は少し緊張していた。もしサイがいれば、と夢想した。彼にかかればきっとすぐに見つけられてしまうだろうと考えるうちに、サイに会いたくなった。

「あっ……」

 リアンは気が付いた。初めて魔力付与をした時、安心できる場所でサイのことを考えていたのだと。同時に、胸の中にあたたかな気持ちが湧き出し、無数の花が一気に芽吹いたような感覚に襲われる。

「ふふっ、思い当たる節があるようですね」

 リアンの様子を見て、ドロテアはにこりと微笑む。彼女の目には今まさに生成されていく魔力が見えていた。空気中の不可視物質『エーテル』がリアンの体を通して魔力へと変換されている。制御できれば無尽蔵に魔力を生み出せるだろう、とドロテアは確信した。

「それが貴方の能力の鍵となる想いです。思い浮かべながら念じれば、きっと魔力をうまく操作できますよ」

 自分でも気付いていなかった気持ちを知り、リアンは顔を真っ赤にした。友情などではない。もっと特別な感情なのだと分かり、恥ずかしさでいっぱいになった。同時に、自分の発言と今の状況を思い返して蒼褪める。

 グラニスからの命令とはいえ、セレーネを魔力付与能力者だと信じ込ませて婚約をさせようとしているのだ。サイラスの弱みに付け込んで裏切る卑劣な行為。自分の意志ではないが、騙している事実は変わらない。

「……侮辱しているのは、僕のほうじゃないか」

 せっかく魔力操作の目処めどが立ったというのに、雨上がりのぬかるみのような重く暗い気持ちをリアンは抱える羽目になった。

「あら、魔力が」

 リアンの心が揺らぐと同時に魔力が空気に溶け、跡形もなく消え去ってゆく。気持ちが大きく作用している証拠だ。

「リアン様。ご自分の気持ちに嘘はつけませんよ」

 うなだれる背を軽く撫で、穏やかな口調でドロテアが囁く。涙が乾くまでの決して短くはない時間、彼女は寄り添い続けた。

 優しくあたたかな手のひらの感触を背中に感じながら、ほとんど記憶に残っていない母親を思い出す。もし母親がそばにいたらこんな風に接してもらえたのだろうかとリアンは思った。

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