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第9話 頼れる部下
しおりを挟む他人の目がない隊室内で、サイラスは二人に詳しく事情を話し始めた。
「オレが時々ルセインの孤児院に通っていることは知っているだろう?」
「ええ。あそこは我が家が運営しておりますから」
心無い噂話や跡取りの重圧に疲れ果てたサイラスが、身分や立場を忘れて過ごせる唯一の場所がルセインにある孤児院だった。貴族学院卒業後から行き始め、現在に至るまで休みのたびに通うようになった。
その衛星都市ルセインを治めるアルカンシェル公爵家がラドガンの家だ。貴族が出入りする場所では気が休まらないだろうと、ラドガンが勧めたことが切っ掛けで孤児院に通うようになったという経緯だ。ちなみに、もう一つの衛星都市ブルケンを治めているのはヴェントの家であるレクサンドール侯爵家である。
「孤児院でたまに会う友人がいるんだが」
「以前も仰ってましたよね。『久しぶりに会えた』とか『楽しかった』とか嬉しそうに話していたことを覚えておりますよ」
休み明けは毎回その友人に会えたか会えなかったかでサイラスが一喜一憂するため、ラドガンもヴェントも記憶している。
「昨日の見合い相手の側付きがその友人だったんだ。令嬢とどういう関係か尋ねたら、遠縁なのだと」
孤児院で会う時だけの友人と別の場所で会えた嬉しさで、サイラスは見合いどころではなくなった。自分の素性も知られた今、なんとしても彼との繋がりを持たなければと考えた。
「……もし伯爵家に雇われているだけならレイディエーレ侯爵家に来ないかと誘ったら、めちゃくちゃ怒らせてしまって……」
懺悔を聞き、ラドガンとヴェントは呆れ顔で溜め息をつく。サイラスは愚かではないが不器用で、時々言葉選びを間違える。意図せず相手を怒らせたり、誤解を招いたり。友人が怒った理由もそのせいだろうと簡単に予想できた。
「気持ちは分からないでもないですけれど、勤めている家から買収するような言いかたは感心しませんね」
「お、オレはそんなつもりでは」
「実際ご友人は気分を害されたのでしょう?」
ラドガンの言葉に、サイラスはうなだれる。
「そんな誘いに二つ返事で応じるような者に貴族の側付きが務まるとは思えません。職務を軽く見られたと誤解されて当然です。しかも、実績などを認めての引き抜きならともかく、顔見知りの気安さから来る軽い誘いですよ。普通の神経をお持ちの方なら承諾するわけないでしょう」
「……ッ」
厳しい指摘に、サイラスの脳裏に昨日のリアンの姿がよみがえる。レイディエーレ侯爵家に来ないかと誘った途端、リアンは怒りを露わにして『僕に対する侮辱だ』と言った。
「重く考え過ぎじゃないですかぁ? 友だちなら次に会った時に『ごめん』って謝りゃ済む話でしょ」
「ああ。もちろんその場で謝罪したし、許してもらえるまで謝り続けるつもりだ」
孤児院で見せた笑顔とは真逆の冷めた表情を思い出すたび、サイラスは後悔の念に襲われた。リアンの矜持を傷付けてしまったことを誠心誠意詫びて許しをもらうまで胸のつかえは取れそうにない。
「ていうか、見合い相手の令嬢とケッコンしたらその友だちも自動的に付いてくるんじゃないですか? だったらワザワザ引き抜かなくてもいいと思うんですけど」
「それは……なんか嫌だ」
ヴェントの提案にサイラスは眉をしかめる。
「お相手の令嬢が気に入らないとか?」
「いや、好みの問題では」
記憶の中の見合い相手は姿も声も朧げで、何を話したかすら覚えていない。覚えているのは、彼女の後ろに控えるリアンの姿。自分を見つけて驚き、目を見開いた時の表情の変化は一瞬も見逃さなかった。セレーネよりリアンのほうが気になって仕方がなかった。
しかし、セレーネとの縁談は普通の見合い話ではない。
「おまえたちには隠しても意味がないから正直に言うが、見合い相手の令嬢には『魔力付与』の能力があるらしい。次に会う時に能力を見せてもらうことになっている。もし彼女の能力が本物ならば、父は結婚話を進めるだろうな」
決定権はレイディエーレ侯爵にあり、当事者のサイラスにはない。せめて少しでも一緒にいて安らげる相手を選んでくれるようにと願うばかりだ。
「お相手って、たしかウラガヌス伯爵家の令嬢でしたっけ。そんな能力を持っていたのなら貴族学院で話題になってそうだけど、俺は知らないですよ」
「私も聞いたことがありませんね」
ヴェントは風魔法を操る。攻撃や防御だけでなく、音を遮断したり遠くの話し声を拾ったりと様々な使いかたがある。情報を得るために噂話を収集することも多い。珍しい能力を持つ者がいれば、ヴェントの耳に入らないはずがない。
ラドガンは『魔力付与』という言葉に引っ掛かりを覚えた。記憶を手繰り、ふと思い出す。
「そういえば、少し前に孤児院の子どもが魔力中毒を起こしたと報告がありました。魔力を持たないはずなのに不思議なこともあるものだと疑問に思っていたのですが」
ルセインの孤児院はラドガンの家からの出資で運営しており、問題が起こればすぐ報告が上がってくる。孤児院で保護されている子どもたちは平民のみ。今回の件を受けて改めて調査したが、子どもたちの中に魔力を持つ者は存在しなかった。
「ルセインの孤児院によく出入りする貴族といえば貴方しか浮かびませんが、他者に魔力を受け渡すなんて真似は出来ませんよね」
「そもそも魔力が少ないからな」
サイラスは高位貴族だが、魔力を作り出す機能に難があるらしく強力な魔法を使うことが出来ない。だからこそ父親であるレイディエーレ侯爵は格下であるウラガヌス伯爵家からの見合い話に応じた。セレーネの魔力付与能力が本物ならば魔力不足を補えると期待して。
「貴方のご友人はウラガヌス伯爵家の遠縁。つまり貴族の血を引いているのですよね?」
「ああ、おそらく」
「では魔力を持っている可能性がありますね」
「リィが魔法を使うところは見たことはないが、有り得ん話ではない」
仲直りする方法を相談していたはずが質問責めにされ、サイラスは首を傾げる。更に幾つか尋ねたラドガンはにっこり微笑みながらこう告げた。
「ご友人との仲を取り持って差し上げますから、次の顔合わせには必ず私たちを同席させてください」と。
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