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第7話 拒絶

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 セレーネが着替えのために席を外している今、応接室にはリアンとサイラスしかいない。間近で互いの姿を観察しながら、はあと深い溜め息をつく。孤児院以外の場で会ったことは一度もない。子どもたちを交えて一緒に遊んでいるだけで十分幸せで楽しかったから、どこの誰かなんて考えもしなかった。

 だが、二人には明確な身分の差がある。
 かたやレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラス。
 かたやウラガヌス伯爵家の養い子で厄介者のリアン。

 次に孤児院で会ったとしても今までのように気安く対等に接するなどできない。サイラスの年齢はリアンより幾つか年上だ。見合いがうまく行けば当然結婚して家庭を持つ。そもそも孤児院に遊びに来る時間すらなくなるだろう。もうあんな風に笑い合う日は来ないのだと思うと、リアンは胸が詰まる思いがした。

「邪魔者はいない。そこに座れよ、話をしよう」

 セレーネや給仕係を一時的に退室させるため、わざと紅茶をこぼしたのだと白状したサイラスは、リアンがよく知る悪戯好きの顔をしていた。

「セレーネ嬢の側付きだと聞いたが、リィはウラガヌス伯爵家に雇われているのか?」
「えっと、まあ」

 雇われているといえば聞こえは良いが、実際は最低限の衣食住を世話されているだけ。様々な雑事を任されていても給金は出ていない。ほぼ飼い殺し状態などと正直に言えるはずもなく、リアンは言葉を濁した。その微妙な態度を察し、少し考えてからサイラスが口を開く。

侯爵家うちに来ないか。今より待遇を良くしてやるし、そうすればいつでも……」

 笑顔で差し出された手を、リアンは反射的に払い除けた。なにが起きたかわからず混乱するサイラスは、目の前の青年が震える拳を握り締めていることに気付く。

「君とは対等な友人だと思っていた。本当は違ったとしても、孤児院で遊んでいる時だけはそうだと信じてた」
「ちょっと待て、リィ」
「──今の発言は、僕に対する侮辱だ」

 気を抜けばこぼれてしまいそうになる涙をこらえ、リアンは目端を吊り上げてサイラスを睨み付けた。戸惑うサイラスの様子を見るうちに自分の失礼な言動を振り返り、ハッと我に返る。数歩下がり、リアンは深々と頭を下げた。

「……無礼をお許しください、サイラス様」

 他人行儀な態度と言葉にサイラスは狼狽した。距離を詰め、無理やり腕を掴んで顔を上げさせてみれば、リアンの表情は硬く、親しみは一切感じられない。明確に線を引かれたと気付いて手を離し、近くにある椅子に座り直す。

「す、すまん。思いがけない場でおまえに会えて浮かれた。困らせるつもりも怒らせるつもりもなかったんだが、間違えた」

 てっきり相手も同じ気持ちだと思い込んでいたサイラスは、触れることすら拒絶されて肩を落とした。

 うなだれる姿を見て、リアンは申し訳なさを感じて押し黙る。再会が見合いの場で、しかもセレーネを魔力付与能力者だと偽り結婚させようとしているのだ。結婚は人生の重大な分岐点である。サイラスの将来に関わる大事な決断を左右する情報を伏せ、騙そうとしている自分自身を腹立たしく思った。

 気まずい空気が流れる中、セレーネが着替えを終えて応接室へと戻ってきた。少し古いデザインとはいえ、かつて侯爵夫人が着用していたドレスは生地も仕立ても素晴らしく、セレーネは上機嫌だ。

「いかがですかサイラス様ぁ。丈が長かったので調整していただいたのですけれど」
「……よく似合っていますよ、セレーネ嬢」
「まあっ、嬉しいですわ!」

 膠着していた重い雰囲気は、はしゃぐセレーネによって払拭された。リアンもサイラスも、内心でホッと息をつく。

 多少のぎこちなさはあるが、セレーネに対するサイラスの態度は悪くない。家同士の利害が一致すれば見合い話は進展するだろうとリアンは思った。





「ああ、思い描いていたよりずっと紳士的で素敵な方でしたわ! お父さま、わたしサイラス様のことが好きになりましたわ!」
「そうかそうか」

 帰りの馬車に乗り込んだ途端、セレーネは父親の袖を掴んで訴えた。行きと違う豪奢なドレスを着た愛娘の姿に相好を崩すグラニス。

 しかし、貴族同士の結婚は簡単にできるものではない。十代半ば頃に婚約者を決める場合がほとんどだが、サイラスはずっと縁談を断り続けていた。成人を過ぎた現在は『騎士団の仕事が忙しい』と理由をつけて社交の場にすら出なくなったという。今回見合いに応じた理由は父親であるレイディエーレ侯爵からの圧力と、魔力不足をセレーネの能力が解決できるかもしれないという期待からだ。

「魔力付与能力があると証明できれば婚約の件を前向きに検討すると侯爵閣下は約束してくださった。次の顔合わせの時に見せると話はついている」

 自己申告を鵜呑みにするほどレイディエーレ侯爵は甘くない。次の顔合わせで証明してみせろ、という話になったらしい。本物の魔力付与能力者はリアンだ。セレーネに能力があるよう演出せねばならない。

「おまえの立ち回り次第で我がウラガヌス伯爵家の未来が決まる。失敗は許さんぞ」
「ちゃんとやらないと承知しないわよ、リアン!」

 対面の席に座るグラニスとセレーネから睨まれ、リアンは黙って頷いた。

 レイディエーレ侯爵をどう騙すか相談する父娘の声を聞きながら、遠去かってゆくアルタンの街並みを馬車の窓越しに眺める。もっと素直に再会を喜んでおけば良かった、とリアンは己の言動を振り返って溜め息を吐き出した。

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