2 / 69
第2話 事件
しおりを挟む「野菜の水洗い終わりました」
「おお、ありがとう。助かったよ」
葉野菜が入ったカゴを厨房に届け、翡翠色の髪の青年は「他に手伝えることはないか」と年配の料理長に尋ねた。
「嬉しい申し出だが、そんなに頑張らなくてもいいんだよ。朝からずっと動きっぱなしだろう」
「いえ。屋敷に置いてもらっているだけの身ですし、今日は他に頼まれている仕事もありませんから」
「そうかい。じゃあ裏の畑から追加で芋を取ってきてもらおうかな」
「わかりました!」
新たな仕事を得て笑顔で厨房を出て行く青年を見送ってから、新入りの料理人が首を傾げた。
「リアン様って変わってますよねぇ。すすんで雑用なんかやりたがって」
「ワシら使用人には関係のない話だ。ヘタな勘ぐりはやめておけよ。旦那様に睨まれても知らんぞ」
新入りの好奇心にしっかり釘を刺してから、料理長は自分の仕事へと戻った。
翡翠色の髪を持つ青年の名はリアン・ユニヴェール。田舎街ソルトンを治めるウラガヌス伯爵家の遠縁で、両親がいないリアンを憐れんだ現当主グラニスが屋敷に住まわせるようになった……というのは表向きの話。「実は当主の隠し子ではないか」「愛人に産ませた子を引き取ったのではないか」と使用人たちは陰で噂している。
屋敷の裏手にある小さな畑。その一角に座り込んで芋を掘り出す作業をしていたリアンの前方の地面が突然隆起した。驚いて飛び退いたリアンを嘲けるような笑い声が畑中に響き渡る。
「ああ、すまん。つい魔法が出てしまった」
「……ゲラート、様」
笑い声の主はウラガヌス伯爵家の嫡男ゲラート・ウラガヌス。彼は栗色の髪を片手で掻き上げながら、無様に動揺するリアンを見下ろした。先ほど地面を隆起させたのは彼が使う土魔法である。
「また使用人の真似ごとか。おまえも我が家に連なる姓を名乗るなら立場を考えろ。それとも、いっそ本当に使用人に成り下がるか?」
「……」
「口ごたえをしないところは褒めてやるが、それでも男か? 情けない奴だ」
馬鹿にされ、罵倒されてもリアンは言い返さない。ただ黙って平伏して嵐が過ぎ去るのを待つだけ。そんなリアンに対し、また別の人物から声がかかった。
「まあぁ、こんなに畑仕事が似合う人なんて見たことないわ。ねーえ、お兄様?」
派手なドレスを身にまとった少女が生け垣の向こうに立ち、ころころと笑っている。外出用の靴を汚したくないからか、石畳が敷かれた場所から動かない。
「また手紙が溜まっている。使用人の手伝いなんぞより俺の仕事を優先しろ! さっさと中身を確認して返事を書いておけ。分かったな?」
「……はい、ゲラート様」
ゲラートは身の回りの雑務をリアンに丸投げしており、貴族学院時代は課題を、現在は夜会の招待状や仕事のやり取りなども含めて管理させている。勝手に私室に入ることを良しとしない癖に手紙が溜まると不機嫌になる。ゲラートの扱いに困惑しながらも、リアンには従う以外の選択肢はなかった。
「泥臭さが移る。セレーネ、屋敷に入ろう」
「フフッ、それもそうね」
セレーネと呼ばれた少女は綺麗に巻かれた長い髪を揺らしながら兄ゲラートの後に続いて去っていく。彼らの足音が聞こえなくなった頃を見計らい、リアンは地面に落ちた芋を拾い集める。それから、土魔法でぐちゃぐちゃにされた畑を農具で整えた。
年が近い伯爵家兄妹から虫ケラのように扱われてきたせいか、リアンは気弱で卑屈な性格に育っていた。成人となる十八才を過ぎてもまだ身の振りかたが決まっておらず、本人もどうしていいかわからない。完全に宙ぶらりんの状態となっている。
リアンの唯一の楽しみは、月に数回料理長の買い出しについていくこと。ソルトンから程近い衛星都市ルセインまで荷車で出かけ、数時間だけ孤児院で過ごすのだ。子どもたちと遊んでいる間は心から笑える。運が良ければサイにも会える。それだけが心の支えとなっていた。
ある日、料理長の買い出しについてルセインにやってきたリアンはいつものように孤児院を訪ねた。残念ながらサイの姿はなかったけれど、子どもたちはリアンの来訪を喜んで迎えてくれた。
「今日はなにをしようか」
「隠れんぼがいい!」
「じゃあ、隠れる人と探す人に分かれよう」
子どもの数は多い。一人では全員探しだすまでに時間がかかるため、半々に分けることにした。リアンは隠れる側になり、孤児院の敷地内で身を隠す場所を探して回る。
「リィにいちゃん、いっしょに隠れよぉ」
幼い少女ミリーが心細そうにリアンの服の裾を握って訴える。一人ではうまく隠れ場所を見つけられないのだろうと思い、リアンはミリーと共に行動した。
孤児院の裏手に小さな物置き小屋がある。リアンはミリーと小屋へと入り、積み上げられた木箱の陰に隠れた。何人かの子どもが付近を歩き回る気配を感じ、ぎゅっと小さな体を抱えて息を潜める。
もしサイがいたら簡単に見つけられてしまうだろうな、などと考えているうちに異変が起きた。
「り、リィにいちゃ、苦しい」
一緒に隠れていたミリーが急に苦しみだしたのだ。先ほどまでは元気だったのに、今は真っ青な顔で呼吸も不規則。額や首筋に触れれば驚くほど体温が上がっていた。リアンは隠れんぼを中断してミリーを抱え、院長の元へと急いだ。すぐ街医者を呼んで診てもらったが原因は不明。出た症状に対して処置を行う対症療法しか取る手段がない状態だった。
「すみません。僕がもっと早く気付いていれば」
「小さい子は急に体調を崩してしまうものよ。あなたのせいではないわ、リィ。だから気に病まないで。ね?」
「……はい」
当然遊びは中止となり、ミリーの容態を案じながらリアンは孤児院を後にした。
37
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】我が国はもうダメかもしれない。
みやこ嬢
BL
【2024年11月26日 完結、既婚子持ち国王総受BL】
ロトム王国の若き国王ジークヴァルトは死後女神アスティレイアから託宣を受ける。このままでは国が滅んでしまう、と。生き返るためには滅亡の原因を把握せねばならない。
幼馴染みの宰相、人見知り王宮医師、胡散臭い大司教、つらい過去持ち諜報部員、チャラい王宮警備隊員、幽閉中の従兄弟、死んだはずの隣国の王子などなど、その他多数の家臣から異様に慕われている事実に幽霊になってから気付いたジークヴァルトは滅亡回避ルートを求めて奔走する。
既婚子持ち国王総受けBLです。
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい
だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___
1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。
※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる