27 / 30
第27話 真犯人と動機
しおりを挟む全身が鉛のように重い。まるで胸の上に大きな重石を乗せられているかのような感覚に見舞われ、朦朧としていた意識がゆっくりと浮上していった。
指先が微かに痺れ、握ろうとしてもうまく力が入らない。深く息を吸い込もうとすれば、口内と喉に違和感があった。丸一日以上何も飲んでいなかったはずなのに特に渇きを感じないのだ。不思議に思いつつ声を上げようとしたが、流石に出ない。自分の呼吸音が耳に届き、久方ぶりの肉体の感覚に思わず苦笑が漏れる。
薄く目を開けると、眼前に何かがいた。
「……お父さま?」
我が息子ディアトである。寝台に仰向けの体勢で寝かされた私の胸の上に乗っかっている。体が重く感じた理由はこのせいだったのか。返事をしたかったが、まだ声は出せない。はくはくと口を動かしてみせると、ディアトはぼろぼろと大粒の涙をこぼし、私の首筋に抱きついてきた。
「よかった、お父さまが目をさました!」
泣いて喜ぶディアトの声に気付いた女官たちが扉の鍵を開け、室内へと入ってくる。そして、意識を取り戻した私を見て驚愕し、慌てて人を呼びに行った。
どうやら無事に生き返れたようである。王宮は大騒ぎになり、すぐにセオルドが来て診察を始めた。応接の間にいた面々も集まってくるが、女官長が扉を塞ぎ、ローガンとセオルド以外の入室を禁じた。
その間に、王妃アリーラが女官に連れられてやってくる。彼女は寝台のそばに駆け寄り、私の意識があることを確認して泣き笑いの表情になった。
「ジーク、ジーク。ああ、まるで奇跡だわ」
「心配をかけて済まなかった、アリーラ」
「いいえ。あなたのほうが大変でしたでしょう」
「そうだな、生き返るのに随分と手間取ってしまった」
まあ、と微笑むアリーラの顔色はまだ悪い。私が死んでからろくに食事も睡眠もとれていなかったと聞いている。身重の彼女に精神的な負担を掛けてしまい、私は反省した。
「ええと……脈も呼吸も正常、意識もしっかりしております。しばらく安静にしていれば問題ないかと」
セオルドによれば、仮死状態でも心臓は微かに動いているため短時間での蘇生であれば後遺症が残ることなく普通の生活に戻れるという。女神の加護や禁呪による縛りによって魂と肉体の繋がりが途切れずに済んだため、一日以上仮死状態が続いたにも関わらずなんとかなったのだろう。
「本当に良かったわ、ジーク」
安心したアリーラは緊張の糸が切れたように倒れてしまったため、女官たちが部屋へと連れて行った。念のためセオルドにも確認したが、腹の子は大丈夫そうだという。気掛かりがなくなり、ホッと安堵の息をつく。
背の下に枕を重ね、上半身を起こした状態にしてもらう。幽霊ではない、生きた私を見てローガンも嬉しそうに笑った。
「お父さま、ぼくずっと心配していたんですよ」
「そうか。済まなかったなディアト」
「でも、またお話できてうれしいです!」
ローガンが促しても、ディアトは私から離れようとしない。流石に私の胸の上からは下ろされたが、寝台の傍らに居続けている。にこにこと嬉しそうに笑うディアトの姿はとても可愛らしい。こんなに可愛い我が子を置いて先立つなど出来ようか。
「昨日はびっくりしました。まさかほんとうにお父さまがしんでしまうなんて」
しかし、この発言にほんわかとした空気が凍りつく。
「ディ、ディアト……?」
私とローガンが戸惑いの表情を向けると、ディアトは笑顔で言葉を続けた。
「せんせいの部屋でみつけたお薬をお父さまのごはんにまぜただけなのに、まさかあんなことになるなんて。ぼくはただ、お父さまが動けなくなるだけでよかったのに」
なんだか恐ろしいことを言われた気がして、私はローガンと顔を見合わせた。その場にいたセオルドも顔色を失っている。
「で、殿下。僕の部屋に入られたのですか。どうやって」
王宮の中には医務室があり、棚には様々な薬品が保管されている。セオルドが不在の時は厳重に施錠され、誰も入れないようにしていた。
いや、そう言えば、先ほどもディアトは私の私室に入り込んでいた。扉は施錠されていたはずなのに。
「これで開けたんだよ」
ディアトがポケットから取り出したのは二つの歪な鍵だった。鍵職人が作ったものではない。恐らくは鍵の形状を見て覚え、針金で再現しただけの簡易的なもの。元の鍵は複雑な仕組みなのだが、ディアトは僅か六歳で作り上げてしまったようだ。昨夜私の執務室に篭っていたと女官長が言っていたから、その時に作っていたのかもしれない。私の部屋に侵入するために。
ずっと謎だった私の死因。毒味役のアストが気付けなかった理由が判明した。共に食卓を囲んでいたディアトが食べる直前に毒を盛っていたのだ。避けようがないし警戒しようもない。
「ディアト、なぜ私に毒を?」
「まさか、ジークのことが嫌いなのか」
戸惑いながら尋ねる私とローガンに、ディアトが答える。
「お母さまのおなかに弟か妹ができたのでしょう。そしたら、もうぼくだけのお父さまじゃなくなっちゃう」
アリーラの懐妊が分かり、ディアトに伝えたのは数日前。弟妹が出来るのだと喜んでいたが、それ以上に私の関心が他に移るのでは、と不安になったらしい。
「だったら、弟か妹が生まれるまえにお父さまの時間をとめちゃえば、ぼくだけのお父さまでいてくれるかなって思ったんだ」
ディアトは私が嫌いだから毒を盛ったのではない。私を独り占めするために毒を盛ったのだ。
幼い子どもらしい、罪のない独占欲によって。
「でも、いっしょにいられないってヴィリカに言われて。そんなのイヤだから『おまじない』をしたんだ。お母さまが読んでくれた絵本に書いてあったの。好きなひとに口付けすると目がさめるっていうおまじない」
先ほどダビエドが言っていた、アステラ王国の昔話の一節、『真実の愛を以て接吻すると蘇る』という方法を実践したらしい。
偶然とはいえ、ディアトが私に接吻した直後に生き返ったため、おまじないのおかげだと信じているようだ。
……待てよ。
意識を取り戻した直後に感じた違和感。丸一日以上何も飲んでいなかったのに口内や喉が渇いていなかったのはそういうことだったのか。なんてことだ。
27
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる
蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。
キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・
僕は当て馬にされたの?
初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。
そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡
(第一部・完)
第二部・完
『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』
・・・
エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。
しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス……
番外編
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』
・・・
エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。
『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。
第三部
『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』
・・・
精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。
第四部
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』
・・・
ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。
第五部(完)
『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』
・・・
ジュリアンとアンドリューがついに結婚!
そして、新たな事件が起きる。
ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。
エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃)
マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子)
♢
アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王)
ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃)
※たまにSSあげます。気分転換にお読みください。
しおりは本編のほうに挟んでおいたほうが続きが読みやすいです。
※扉絵のエリアスを描いてもらいました
※のんびり更新していきます。ぜひお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる