1 / 2
第1話 若き国王ジークヴァルト、死す
しおりを挟む大陸の端に位置する小国、ロトム王国。
特筆すべき産業はなく資源も乏しい。故に近隣の国々から脅かされてきた歴史を持つ。
だからだろうか。先代国王が道を違え、私利私欲にまみれた貴族たちの甘言に唆され、隣国に対して戦争を吹っ掛けた。数年に渡る戦いで互いに疲弊し、居住地や畑が焼かれ、多くの罪なき民が傷付いていった。
戦争に負けてもなお同じ過ちを繰り返そうとする先代国王を仲間と共に打ち倒し、甥のジークヴァルトが新たな王となった。悪徳貴族を一人残らず粛正し、近隣諸国との関係を改善し、平和を手に入れた矢先のことである。
国王ジークヴァルト・ディグニスが突然死亡した。
即位七年目、三十二歳。第二子の懐妊が分かったばかりの、まさにこれからという時。
若き国王の死は国民に混乱を招くとして、訃報はしばらく伏せられることとなった。事情を知る者は王族の居住区に出仕している女官と、ごく限られた家臣のみ。動揺する者、嘆く者、現実を受け入れられない者。様々な反応を見せる家臣たちの姿を、私はどこか他人事のような心持ちで眺めていた。
『……私は何故死んだのだろう』
いつもより騒がしくなった王宮内を、まるで風にあおられた羽毛の如くふわふわと漂いながら見て回り、ひとり呟く。もちろん誰も私の言葉に反応しない。存在にすら気付かない。普段ならば必ず近くに誰か一人は控えていて一挙一動に気を配り、一言発すれば直ちに応えてくれたというのに、だ。
まるで全員から無視されているようで最初のうちは混乱したものだが、数時間も経てば自分の置かれた状況も大体理解できた。
ジークヴァルトは確かに死んだ。妻と幼い息子と三人で朝食を取っている最中に胸が苦しくなり、治療の甲斐なく息を引き取った。急なことで驚きはしたが、人間いつかは死ぬ。早いか遅いかだけの違いである。
問題は死後の現状だ。人間は死んだらそれまでだと思っていたが、どうやら違ったらしい。死後、肉体を離れた魂がこうして辺りを彷徨っているのだから。
『うーむ、どうしたものか』
悩んだところで、私の姿は生きている人間からは見えないのだから何もできることはない。自分の死を悲しんでくれる妻子や友人、家臣たちの姿を眺めることしかできない。
国王とはいえ一人の人間。死ねば物言わぬ骸となるのみ。いずれこの意識も薄れ、終わりを迎えるのだろう。そう思っていた。
──もしもーし、聞こえますかぁ?
『せめて第二子の顔を見てから死にたかったなあ』
──あらっ、聞こえてないのかしら。
『しまった。例の法案、まだ宰相に改善箇所を伝えてなかった。どうしたものか……』
──おかしいわね。音声は接続されてるはずなのに。
家臣たちのざわめきに混じって知らない女性の声が聞こえる。今の自分に話し掛ける者などいないはずだ、と聞こえぬふりをしていた。なにしろ、辺りを見回しても声の主の姿はないのだ。幻聴の類に違いない、と考えていた。
──仕方ないわね。えいっ!
気合いの入った女性の掛け声と同時に私の視界が揺らぎ、今まで漂っていた王宮の廊下から違う場所へと移動していた。
昼間だというのに陽が入らず薄暗い、石造りの建物の中である。精緻な彫刻が施された高い天井から眼下に並ぶ椅子や祭壇に、この場所がどこかを思い出す。
『女神の、神殿……?』
──その通り。ここはわたしの神殿なの!
先ほどより近く鮮明に耳に届く声に驚いて振り返ると、浮いている私の背後に誰かがいた。虹色に輝く長い髪に真珠のような白く滑らかな肌、豊満な肢体を持つ魅力的な女性である。美しいと思うのに、不思議と浮ついた感情が湧いてこない。ただの人間ではないとすぐに察した。
『では、もしや貴女は』
──ええ。ロトム王国を守護する愛と平和を司る女神アスティレイアとはわたしのことよ!
王宮の最奥にある神殿には女神を模した像が置かれ、王族や貴族の冠婚葬祭はこの場で執り行われる。大司教が管理しており、私も二日に一度は礼拝に訪れていた。まさか女神本人にお目にかかれる日が来るとは予想すらしていなかったが。
──何度も声を掛けたのに聞こえていないみたいだから神殿に呼んだのよ。貴方に伝えなければならないことがあって。
女神から託宣を得るなど人生とは何が起こるか分からぬものだ。いや、数時間前に死んでしまったからこそ直接聞けるのかもしれない。
私は宙に浮いたまま女神へと向き直り、言葉を待った。
30
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う
まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。
新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!!
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
降りそそぐ花
レエ
BL
魔物に襲われていた花屋のユメルを救ってくれたのは、街を守るため赴任してきた鬼人族部隊の隊長ザークだった。逞しい彼にはユメルがか弱く見えるのか、とても優しく守ってくれる。
※攻が終盤まで受の性別を勘違いしています。お漏らし有。サイト転載。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
僕の大好きな旦那様は後悔する
小町
BL
バッドエンドです!
攻めのことが大好きな受けと政略結婚だから、と割り切り受けの愛を迷惑と感じる攻めのもだもだと、最終的に受けが死ぬことによって段々と攻めが後悔してくるお話です!拙作ですがよろしくお願いします!!
暗い話にするはずが、コメディぽくなってしまいました、、、。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
嫌われ愛し子が本当に愛されるまで
米猫
BL
精霊に愛されし国フォーサイスに生まれたルーカスは、左目に精霊の愛し子の証である金緑石色の瞳を持っていた。
だが、「金緑石色の瞳は精霊の愛し子である」という情報は認知されておらず、母親であるオリビアは気味が悪いとルーカスを突き放し、虐げた。
愛されることも無く誰かに求められることも無い。生きている意味すら感じれなくなる日々を送るルーカスに運命を変える日が訪れ少しずつ日常が変化していき·····
トラウマを抱えながら生きるルーカスが色んな人と出会い成長していきます!
ATTENTION!!
・暴力や虐待表現があります!
・BLになる(予定)
・書いたら更新します。ですが、1日1回は更新予定です。時間は不定期
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる