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第63話 もっと前から
しおりを挟む昨日の今日だ。こんなことを言われても信じてもらえないとは思う。
今はまだ迅堂くんに対する気持ちほどではないけれど、土佐辺くんを好きだという気持ちはこの先きっともっと強くなる。そう確信していた。
「……ッ」
「うわっ」
しばらく無言で立ち尽くしていた土佐辺くんが突然手を伸ばし、僕の身体を抱き寄せた。
身長差のせいで彼の肩口に顔を埋める状態となる。びっくりし過ぎて何も抵抗できずにいたら、抱き締める腕の力が更に強くなった。身動きひとつできなくて、彼が今どんな顔をしているのか全然見えない。
「──安麻田、好きだ」
昨日聞いたばかりの告白にはまだ慣れなくて、その上こんな風に抱き締められては、どうしたってドキドキしてしまう。
「ずっと好きで、好きで、諦められなかった」
頭のすぐ上から降ってくる言葉は普段の土佐辺くんからは考えられないくらいに弱々しかった。制服越しに伝わる体温が熱い。彼の声が耳に届く度に、つられて僕まで熱くなる。
「ずっと、って……いつから」
「小学校の頃から」
返答に驚いて思わず顔を上げると、至近距離で目が合った。照れて真っ赤になっているのに、土佐辺くんは目をそらさない。
「双子が珍しいからってからかわれた時、安麻田は毎回妹を庇ってただろ。同じ顔で同じ背丈なのに、自分だって泣きそうなくせに、ちゃんと『お兄ちゃん』してるなって思ってた」
からかわれた経験は何度もある。同級生も双子の存在に慣れたのだろう。二年生になる頃にはなんにも言われなくなった。
つまり、土佐辺くんはそれ以前から認識していたのだ。双子の片割れとしてではなく、僕自身を。
「騒がしいのが苦手で、外で遊ぶより教室で本を読んでいるほうが好きで、友だちと話す時も聞き役に回ってただろ。オレとは真逆過ぎて、なんて声をかけたらいいかすら分からなかった」
仲良くなりたくてもどうしたらいいか分からず、なにもできなかったのだと彼は言う。
「なのに、二人そろって迅堂に惚れて。あの時ほど自分の慎重な性格を恨んだことはない」
遠足で迷子になった時に探しにきてくれた迅堂くんに、僕と亜衣は惹かれた。当時の土佐辺くんには任された班を放り出す決断ができず、今でも悔やんでいる。
「安麻田が迅堂を見る目が自分に向けばいいのにって、ずうっと思ってたよ」
僕と亜衣が迅堂くんを好きになった理由は助けに来てくれたことだけじゃない。騒がしくて苦手だった彼が意外と情に厚くて優しいというギャップとか、仲間にだけ見せる屈託のない笑顔とか、小さなことの積み重ねだ。もちろん遠足の件は大きな切っ掛けではあったけれど。
あの時に助けに来たのが土佐辺くんだったら、僕たちはどうなっていただろう。
「待って。じゃあ、土佐辺くんは遠足の前から僕が好きだったの?」
「うん」
「全然知らなかった……」
「気付かれないようにしてたから」
感情を隠すのが下手な僕と違い、土佐辺くんは上手く隠せていたと思う。小中高と同じ学校だというのに、ほとんど接点がなくて分からなかった。むしろ嫌われていると思っていた。
それを踏まえて今回の件を思い出すと、色々と腑に落ちる。
「前に『好きな人が目の前にいれば触りたくなる』って言ってたの、それも僕?」
「二人きりの教室であんな話題になって、抑えるのにどれだけ苦労したか」
「ご、ごめん」
それだけじゃない。土佐辺くんにはエロ本話でからかわれたり、部屋で二人きりになったりしている。あの時から彼はずっと僕を意識していたのか。かなり際どい話をしていたような気がする。
「あれ、僕、もしかして鈍い……?」
「安麻田は鈍いままでいい。でないと、オレに余裕ないのがバレちまう」
ここまで暴露した癖にまだ取り繕おうとする姿が可愛く思えて、僕は彼を抱き締め返した。
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