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第56話 支えとなる言葉
しおりを挟む井手浦先輩と顔を合わせたのはあの日以来だ。今日は将英学園の制服ではなく私服姿。身分を偽っての不法侵入ではなく一般の来場者として堂々と敷地内に入ってきている。
彼は校舎の外壁に背を預け、地べたに座り込んでいた。いぶかしげな表情を向ける僕に笑顔で軽く手を振ってくる。
「やあ。ずいぶん可愛い格好だね瑠衣くん。スカート似合ってるよ」
「……どうも」
あんなことがあったというのに先輩の態度はいつも通りで、悪びれた様子はない。それが余計に怖く感じた。近付く気にはなれず、数メートルの距離を空けて向かい合う。
「この間はごめんね。気が動転して酷いことを言っちゃって。反省してるんだよ」
「……」
隠し撮りした写真で僕を脅し、酷い言葉を投げ付け、最後は突き飛ばして立ち去った。あれはきっと先輩の本性だ。謝罪の言葉を鵜呑みにはできない。
「許してとは言わないけど、怪我をしてるのは本当なんだ。足を捻っちゃったみたいでさ」
「えっ」
言いながら、先輩は自分の足をさすっている。座り込んでいたのは歩けないからだったのか。
「大丈夫ですか、すぐ保健室に……!」
僕は文化祭の実行委員で、今は巡回中。困っている人を見つけたら対応する義務がある。個人的な感情は後回しにしなければ。
慌てて駆け寄り、すぐ隣に膝をつく。怪我の程度を確認するため、先輩の足に手を伸ばした。
「あーあ。そーゆートコが可愛いんだよねぇ」
「なっ……!」
近付いた僕の手首を掴み、自分のほうへと引っ張ると、先輩は意地の悪そうな笑みを浮かべた。バランスを崩して先輩の上に伸し掛かるような体勢になってしまう。
「だ、だましたんですか!?」
「いやいや、流石に迂闊すぎない?」
「怪我したなんて言われたら心配くらいします」
「……素直ってゆーか、バカ正直ってゆーか」
あきれた顔をしながらも、先輩は僕の手首を離さない。それだけでなく、もう片方の手を腰に回して抱き寄せてくる。
「ちょっと、離してください」
「嫌なら無理やり振り解けばいいのに」
「だ、だって」
今着ている服はオフショルダーのニットに膝丈のスカート。普段着とは勝手が違い、服が伸びたり捲れたりしそうで下手に動けない。
「人を呼びますよ」
「やってみなよ。周りからはカップルがイチャついてるようにしか見えてないから」
そう言われて、バッと後ろを振り返る。
文化祭の真っ只中で、学校の敷地内には在校生以外にも一般のお客さんがたくさんいる。校舎の陰とはいえ、少ないが人通りはある。
通り掛かった人たちは僕たちの姿を見ても気まずそうに目をそらし、すぐに何処かへ行ってしまった。女装姿が完全に仇になっている。
「ほらね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる先輩。
通行人に助けを求めるのは無理だ。先輩のほうが口がうまい。適当に言い訳をして、何事もなかったように邪魔者を追い払うだろう。
「今度女の子の格好でデートしてよ。俺がもっと可愛い服買ってあげる」
笑ってるし口調は柔らかいのに、何故か背筋が寒くなった。
「僕は、先輩のオモチャじゃない……!」
「オモチャだよ。なんだかんだ言って俺のそばに来るのは本気で嫌がってないからじゃない? 瑠衣くんが俺のものになるなら亜衣ちゃんからは完全に手を引いてあげる」
また脅し。やっぱり先輩は少しも反省してなかった。僕は亜衣の身代わり。着せ替え人形くらいにしか考えてない。取り引きに応じても無駄だ。
それに、今いる場所は前回のような誰もいない空き教室ではない。本気で抵抗すれば逃げられる。
「おっと。動くと服が脱げちゃうよ」
「……ッ」
先輩がオフショルダーのニットの肩口を掴んだ。このまま下がれば服が破れるか脱げてしまうが、もう構ってはいられない。
「僕は男です。上半身ハダカになったって恥ずかしくないですから!」
ごめん、亜衣!
先輩の胸元に置いた手を突っ張り、勢い良く後ろへと身体を引き離す。その拍子にニットが伸びて下がり、肩や胸元が露わになった。オフショルダーだから下にシャツは着ていない。
「……瑠衣くん、亜衣ちゃんの彼氏に気持ちをバラしてもいいの? 今の関係が崩れちゃってもいいの?」
「好きにしたらいいじゃないですか。僕はもう脅しには屈しません!」
今までは迅堂くんに気持ちを知られるのが怖かった。それは、心の何処かで自分の気持ちが間違ってると思っていたから。
でも、土佐辺くんは『恥じるな』と言ってくれた。否定せずに受け入れてくれた。だから、もう卑屈になるのはやめる。
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