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第51話 救いの手
しおりを挟む先輩は恍惚とした表情を浮かべ、腕の中で震える僕を見ながら笑っている。さっき『瑠衣くんのほうが』と言っていた。僕と誰かを比べているのだろうか。
茫然としていると、先輩が顔を近付けてきた。なにをされるか察し、咄嗟に顔をそらす。
付き合うとか言ってたのは冗談ではなく本気だったのか。焦りと戸惑いで身体に力が入らない。僕は変わらず先輩の腕の中に囚われている。死に物狂いで暴れれば、この場は逃げられるかもしれない。でも、僕の秘密を周りに吹聴されたらと考えると本気で振り解くなんて出来なかった。
あごを掴まれ、無理やり顔を正面に向けさせられた。涙目の僕を見下ろす先輩の口元は愉快そうに弧を描いている。
どうしよう。
どうしたらいい?
誰か助けて。
そう願った時、聞き慣れた声が聞こえた。
「安麻田、どこだ!」
僕の名を呼ぶ大きな声。階下から聞こえてくる声の主は土佐辺くんだった。
特別教室が集まる北校舎は昼休みには人がほとんど居ない。端から順番に空き教室を一つ一つ確認して回っているようだ。
「あーあ、またアイツか」
先輩は笑みを消し、不機嫌そうな顔で小さく舌打ちをした。そして僕を睨み付ける。
「アイツ、瑠衣くんのなに?」
「と、友だち、です」
怒っているのか、口調がやや荒い。先ほどまでとは違う冷たい目を向けられ、身体が強張った。いつもニコニコしている先輩が見せた違う一面に震える声で答える。
「図書館でも毎回邪魔されたってのに今日もかよ。ずいぶんと勘の良い奴だな」
確かに、図書館で会った時は土佐辺くんが来ると先輩はすぐに立ち去っていた。文化祭でもそう。土佐辺くんも最初から先輩を警戒していて、単なる人見知りかと呑気に考えていた。
ガラッと勢いよく教室の引き戸が開いた。土佐辺くんだ。走り回ったからか、額に汗をかいて肩で息をしている。彼は先輩の腕の中にいる僕を見て、切長の目を更に吊り上げた。
「安麻田から手を離せ!」
「それが上級生に対する態度?」
睨み合う二人。
とにかくこの場から逃れたくて、僕は救いを求めて土佐辺くんに手を伸ばした。でも、すぐに先輩に引き戻され、耳元でこう囁かれた。
「いいの? 瑠衣くん。このままアイツのところに戻ったら、あのこと全部言っちゃうよ?」
再び身体を強張らせ、手を下ろす。僕の反応に先輩は満足そうに笑いながら頭を優しく何度も撫でた。やっぱりダメだ。逆らえない。
「と、土佐辺くん。僕は大丈夫だから」
無理やり笑顔を作ってみせると、土佐辺くんは更に表情を険しくした。出入り口辺りで立ち止まったまま先輩を睨んでいる。
だが、スッと身体から力を抜き、呆れたように肩を竦ませて溜め息をついた。
「……上級生、ねぇ」
独り言というには大き過ぎる声で土佐辺くんが呟いた。ピクッと先輩が反応し、僕の身体に回された腕に力が入る。
「安麻田、そいつは先輩なんかじゃねーぞ」
「えっ」
どういうこと?
先輩はうちの学校の三年生じゃないの?
「コイツは将英学園に在籍してない。オレが顔も名前も知らない生徒が居るわけない」
「え、うそ、だって……」
僕は振り返って先輩を見た。
学校指定のカッターシャツにスラックス。これは将英学園の制服だ。学校近くの図書館で初めて会った時からこの格好だった。だから、三年生と言われて同じ学校の先輩だと信じた。
「最初はオレの記憶違いかと思ったが、そうじゃなかった。図書館でおまえを見て顔色を変えたメガネがいただろ? そいつに聞いたんだよ」
そこまで聞いて、僕はようやく思い出した。
図書館の自習スペースで先輩を見て驚き、何処かに連れて行かれたメガネの人。そして、テスト明けの実行委員会の直後に土佐辺くんが追い掛けていったのは恐らく同じ人なのだろう。メガネの人は先輩を知っていたんだ。
「おまえは隣の市にある工科高校の三年だろ。元は将英学園志望だったらしいが、どういう理由か直前で進路を変えたんだってな」
「……」
「少し前まで安麻田の妹に声掛けてたくせに今度は安麻田かよ。顔が同じならなんでもいいのか?」
先輩は完全に笑みを消した。憎々しげな眼差しを土佐辺くんに向けている。
工科高校は亜衣と迅堂くんが通ってる高校だ。
それに、以前亜衣にちょっかいを出していた三年生って先輩のことだったのか。
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