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第49話 呼び出し
しおりを挟む翌日、檜葉さんにファッション専門用語の件を話してみた。
「その企画は私が預かるわ。何人か適任がいるから任せてみる」
「ありがとう、お願いするね」
女子の中で手が空いてる子や写真やポスター制作に興味がある子に頼んでくれるという。
既に彼女率いるテーブルクロス班は買い出しを終え、放課後の家庭科室で縫製作業に入っている。檜葉さんのリーダーシップのおかげでかなり順調だ。新たな仕事を請け負う余裕もある。
「それはそうと、安麻田くんって中学の頃から身長体重変わってない?」
「え、うん。今とほとんど変わらないけど」
「前に話した服の件。もし残っていれば学生服を借りたいのよ」
私服では分かりづらいけど、学生服ならば男女でデザインか違うから一目瞭然。文化祭は秋だから、詰襟の学ランを着ていても暑くはないだろう。
「分かった。じゃあ今週中に持ってくるから試着してもらって、問題なければそのまま貸し出すってことでいい?」
「助かるわ、ありがとう」
「こっちも助けてもらってるから」
クラス全員が衣装の確保できたか文化祭の数日前に最終確認を取る。他の班の作業も順調。あとは食材を当日朝に配達してもらえるよう業者と打ち合わせをするくらい。
「なんとかなりそうだな」
「みんなが協力してくれてるからね」
「看板のほうもデザイン上がってる」
「うわあ、お店みたい! すごいね」
土佐辺くんと進行状況をチェックしながら笑い合う。この立場になって、初めてクラスの輪に入れた気がした。単なるその他大勢の傍観者だった僕が、こんな風にみんなと話せるようになれたのは土佐辺くんのおかげだ。
昼休み。駿河くんと購買に向かう途中、ポケットの中のスマホが震えた。今日亜衣は休みだから暇でメールしてきたのか、と画面を確認する。
「……っ」
「どうした、安麻田くん」
急に廊下のど真ん中で立ち止まった僕を、駿河くんが不思議そうな顔で覗き込んでくる。
「顔色が悪いようだが……」
「あ、あの、僕、急用ができたから行ってくる。先に教室に戻ってて」
「昼食は?」
「後で食べるから」
戸惑う駿河くんを置き去りにして、僕は今来た廊下を少し戻り、階段を駆け登った。
特別教室メインの北校舎。その三階の端にある空き教室は普段は施錠されているはずだが、今日は何故か鍵が開いている。中に入ると、僕をここに呼び出した人物が机に腰掛けて待っていた。
「……先輩」
「やあ、来たね瑠衣くん」
肩で息をする僕を笑顔で迎えた先輩は、弄っていたスマホを制服のポケットにしまい直した。
「あの、なにか用ですか」
「用ってほどしゃないけど、今まで落ち着いて話をしたことないからさ」
教室の入口から数歩入ったところで立ち止まり、先輩と一定の距離を置く。
「俺、仲良くしたいんだよね。瑠衣くんと」
「……そうですか」
仲良くお喋りするためだけに呼び出したのか。でも、それだけで済むとは限らないから僕は急いでここまで来た。
「昨日せっかく写真送ってあげたのに、何も返信なくって寂しかったなぁ」
「あ、すみません。忘れてました」
昨日は土佐辺くんの部屋でそのメールを受け取り、彼に写真を見られそうになったりして、すっかり返信を忘れていた。
「無理やり言うこと聞かせようとか考えてないよ。だから、もうちょい気を許してくれてもいいんじゃない? あの写真、嬉しかったでしょ?」
「それは、……」
先輩の言葉に嘘がないと信じたい。でも、無断で写真を撮られたり、脅しに近いことを言われたのは事実。
「誰にも内緒なんでしょ? 恋バナとかしたことないんじゃない? 俺ならどんな話でも聞いてあげられるよ」
妹の彼氏に片想いしているなんて誰にも言ったことがない。亜衣にも、友だちにも、もちろん迅堂くん本人には絶対に言えない。何年も自分一人の胸に秘めてきた。
誰かに言えたら少しは楽になれるんだろうか。先輩からの申し出はすごく魅力的に聞こえた。
「ね、瑠衣くん。僕だけに話してよ」
気持ちがグラつく。もう一押しで何もかも話してしまいそうになる。機嫌を損ねて周りにバラされてしまうより、望むように話をしたほうがいいのかもしれない。
「ぼ、僕は……」
足が勝手に先輩のほうへと進む。怖いのに抗えない。全てを知ってなお手を差し伸べてくれる先輩の存在は僕が求めていた理解者なのかもしれない。
「手、震えてるね」
「……」
時間を掛けて目の前まで行くと、先輩は僕の手を取った。震える指先に彼の唇が触れる。咄嗟に離れようとしたけれど、先輩の力が思いのほか強くて振り解けなかった。
「俺に話してみなよ。全部受け止めてあげる」
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