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第44話 分岐点

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「昨日今日と意味の分からない単語ばっかり聞いて頭いたい」
「勉強のし過ぎか? 安麻田あまた
「テスト勉強のほうがまだ理解できるよ」

 当たり前のように一緒に教室を出て、並んで廊下を歩く。実行委員の仕事や居残りがない日も土佐辺とさべくんと一緒に帰るのが習慣になった。駿河するがくんが加わることもあるけど、最近はほぼ毎日土佐辺くんと二人で帰っている。

「アレだよ。女の子の服の専門用語。なんだか呪文にしか聞こえなくて」
「オレも初めて聞いた時は意味わかんなかった」
「今は分かるんでしょ? なんで?」
「少しだけな。姉貴の服選びに付き合わされてるうちに自然に覚えた」

 服飾専門学科でもない男子高校生がそんな用語に詳しかったら引くが、お姉さんの影響ならば有り得る話だ。

「せっかく興味が出たなら調べてみるか。服の専門用語の本くらいあるだろ」
「えっ……」

 そう言って、土佐辺くんは交差点の向こうに見える図書館を指差した。
 図書館に行けば先輩に会うかもしれない。先輩は僕が誰を好きなのか知っている。その件で何か言われたら、と思うと気が進まない。

「どうした、行かないのか?」
「う、ううん、行く」

 この流れで行かないのは不自然か。
 先輩だって毎日図書館に来ているとは限らない。何故かは分からないけれど、今までも土佐辺くんを見ると先輩はそそくさと立ち去っていた。彼のそばに居れば、あちらから声を掛けてくることはないだろう。

 ファッション関連の本が並ぶエリアで目当ての本を見つけ、パラパラと捲って中を見る。実際の服の写真と名称などが見やすく解説されている。亜衣あいや駿河くんが言っていた謎の呪文みたいなものも載っていた。

「オフショルってこういう形の服なんだね。亜衣のやつ、僕にコレを着せる気か」
「いいじゃん、メイド服よりはマシだろ」
「肩が丸出しになるんだけど?」

 確かに、これなら肩周りがキツくて動けないということはなさそう。女装して終わりではなく給仕や見回りの仕事をしなければならないのだ。稼働範囲が制限されては意味がない。

「でも、すごいね。こんなにたくさん服の種類や呼び方があるなんて知らなかった」
「意外と面白いよな」

 駿河くんが言っていたドルマンスリーブも調べてみた。なるほど、袖がゆったりしている服をそう呼ぶのか。言葉の感じから勝手に『敵を眠らせる系の呪文』っぽいなと思ってたけど全然違った。

「これ、掲示物のひとつに使えないかな。みんなが着る服の種類や特徴を解説する写真かイラスト付きのポスター作って、教室の前の廊下に貼ったりして」

 僕が疎いだけでなく、多分ほとんどの男はこんな用語が存在していることすら知らないと思う。そして、女の子の服ほどではないけれど、男物の服にも形によって呼び方がある。通り掛かる人たちが掲示物を見て関心を持ったらカフェにも立ち寄ってくれるかもしれない。

「いいな、やってみるか」
「うん!」

 展示するからには間違った情報は載せられない。他にも何冊か参考になりそうな本を選んで借りることにする。

 貸し出し手続きをするため、カウンターへと向かう。図鑑みたいな大きくて重い本もあるからか、土佐辺くんが全部持ってくれた。

 彼の後ろに着いて本棚が立ち並ぶエリアを進んでいくと、視界の端に手招きする男の人の姿が映った。顔を向ければ、通り過ぎ掛けた通路の奥に先輩が立っている。

「……っ」

 目の前を歩く土佐辺くんの背中と離れた場所から手招きする先輩を交互に見る。どうしよう。迷う僕を嘲笑うように、先輩はスマホを取り出して画面をこちらに向けた。遠くて見えないけど、あれはきっとあの時の写真だ。

「土佐辺くん」
「なに?」

 声を掛けると、土佐辺くんはすぐに振り返った。先輩が居ると告げれば、以前から警戒していた彼はきっと間に入ってくれるだろう。

 でも、あの写真を見られて僕の好きな相手がバレてしまったら。妹の彼氏が好きだと知られてしまったら、もうこんな風に喋ってくれなくなってしまうかもしれない。せっかく仲良くなれたのに。せめて文化祭が終わるまでは隠し通したい。

「ええと、僕、ちょっとトイレ」
「分かった。カウンター前にいるから」
「うん、じゃあ」

 うまく笑えていたかな。
 声は震えてなかったかな。

 僕は土佐辺くんのそばから離れ、先輩が待つ通路の奥へと足を踏み出した。
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