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第26話 あの日の記憶
しおりを挟む次の日も帰りが遅くなるからと亜衣に告げた。
「え、今日も図書館で勉強会するの?」
「うん、もう約束してるんだ」
「そっかぁ……」
亜衣が何か言いたそうにしていたけど、僕はすぐに家を出て駅に向かった。
今日は迅堂くんのアルバイトがない日だから学校帰りに遊びに来るだろう。僕の帰宅時間がいつもより遅いと知れば、きっと行動に出るはずだ。二人の邪魔をしたくないし、先週みたいに現場に遭遇したくない。何かするなら僕がいないうちに終わらせてほしい。
「安麻田!」
「土佐辺くん、おはよう」
もうすぐ駅に着くところで土佐辺くんに会った。遠くから僕を見掛けて走ってきたらしい。少し息を切らせ、額には汗をかいている。それを腕で雑に拭いながら、彼は笑顔で話し掛けてきた。
「今日も会ったな。一緒に行こ」
「うん」
いつもはもう少し遅い時間に登校すると言っていたのに、やはりテスト期間だから気合いが入っているみたい。
「昨日のテストどうだった?」
「実は全然ダメだったんだよね……」
先週のことを引き摺り過ぎて、勉強も頭に入らなかった。まあ、言い訳にしかならないけど。
「そうなんだ。ところで、総合順位で負けたほうがジュースおごるって話したっけ?」
「ちょ、待って。僕そんな約束してないよ!」
「はは、今日明日で挽回すりゃいーじゃん」
「土佐辺くんに勝ったことないんだけど」
得意科目なら良い勝負だけど総合では負ける。なんでもソツなくこなすオールラウンダーな土佐辺くんには敵わない。
「じゃあ、どれか一つでも駿河に勝ったほうが勝ちってのは?」
「二人ともも負けたらどうなるの」
「……オレたちが駿河にジュース奢る?」
「あはは、なにそれ」
学年ナンバーワンの駿河くんには一つも勝てる気がしない。
学校に着くまでの間、そんな話で盛り上がった。少し沈んでいた気持ちが浮上した気がする。おかげで、その日のテストでは実力を発揮できた。
帰り際、土佐辺くんから呼び止められた。
「一緒に帰ろーぜ」
「あ、えーと、今日は図書館に……」
今からお昼ごはんを近くのコンビニで買って図書館に行くつもりだったのだ。亜衣には帰りが午後六時を過ぎると既に伝えている。
「なんか借りてくのか?」
「ううん、閉館まで勉強してくつもり」
正直に答えると、土佐辺くんは意外そうな顔をしたが、すぐに顎を手に当てて考え始める。
「もしかして、昨日も図書館で?」
「そうだけど」
「なるほど、帰りに見掛けねーなと思ったら」
どうやら土佐辺くんは僕と一緒に帰ろうと思っていたらしい。昨日はすぐに図書館に向かった。校門から出たら、図書館は駅とは逆の方向になるから見つけられなかったんだろう。
「オレも勉強していこうかな」
「なんで?」
「どーせ家に帰っても昼メシないし、自分の部屋だとつい怠けちまうからな。安麻田もだろ?」
「そ、そう。そうなんだよね」
どういうワケか、土佐辺くんと一緒に図書館で勉強することになってしまった。近くの公園に立ち寄り、広場の前にあるベンチに並んで座り、コンビニで買ったおにぎりを食べる。
「シートとかあればあっちの芝生のとこで食えたのになー」
「ひなたはまだ暑いよ。でも、外で食べるのも楽しいよね。遠足みたいで」
遠足といえば、僕が迅堂くんを好きになった切っ掛けの行事だ。自分で言ってから思い出し、また少し気持ちが沈む。亜衣とうまくいくようにお膳立てしておいて傷付くなんて、僕は本当に身勝手だ。
「そういえば、小学校ん時の遠足で安麻田たちが迷子になったよな」
土佐辺くんの言葉に思わず顔を上げる。
「もうちょい涼しい時期だったっけ。あの日も良い天気だったよなぁ」
「何年も前のことなのに、よく覚えてるね」
あれは今から八年前の秋。僕たち双子がみんなからはぐれたのは、ほんの十数分。土佐辺くんも駿河くんも同じクラスだったけど班は別だ。そんなに騒ぎになったわけでもないのに、今でも覚えているなんて。
「忘れるわけねーよ」
土佐辺くんは眼前に広がる芝生をぼんやりと眺めている。その横顔はいつになく物憂げで、僕はなんと返事をしたものかと迷った。
でも、すぐにいつもの調子に戻り「じゃんけんで負けたほうがゴミ箱に捨てに行くか」と、パンの包み紙を差し出してきた。なんでも勝負にするのが癖なんだろうか。
三回勝負で三回とも負けた土佐辺くんがゴミを捨てに行った。自分から言い出したのにじゃんけん弱過ぎるだろ。
なんで落ち込んでいたのか忘れるくらい笑った。
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