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第22話 好きになった理由
しおりを挟む迅堂くんを好きになったのは今から八年前。
当時、亜衣はまだ今のように社交的ではなく、何をするにも僕に付いて回るような控えめな性格だった。僕もあんまり活発なほうではなかったから、おとなしい双子の兄妹だと周りから思われていた。
迅堂くんは絵に描いたようなガキ大将で、どちらかといえば苦手な存在だった。向こうも、うじうじしてノリの悪い僕たちが好きではなかったと思う。同じクラスなのにほとんど関わることはなかった。
その関係性が変わったのは小学校三年生の時に行った遠足での出来事。
山登りの途中、みんなからはぐれて迷子になった。足を挫いた亜衣の手を引き、遅れて山道を進んでいる時に進むべき道を間違えてしまったのだ。気付いた時にはどこから来たかも分からなくなっていた。先に進むにしても引き返すにしても、足を痛めている亜衣に無理はさせられない。
途方に暮れて地べたに座り込み、二人でめそめそ泣いていると、誰かが探しに戻ってきてくれた。本来の登山道から大して離れていなかったらしく、僕たちの名を呼びながら走り回る彼にすぐ気付き、声を上げた。
探しにきてくれたのは迅堂くんだった。
涙でぐちゃぐちゃになった僕たちに笑顔で手を差し伸べてくれた。軽々と亜衣を背負い、山頂まで一緒に登ってくれた。いつもは怖い彼が、すごく強くてカッコよく見えた。
みんなからはぐれていたのはほんの十分くらいだったらしい。それでも、見知らぬ山で迷子になったのは恐ろしい体験で、実際より何倍も長い時間だったように感じた。
引率の先生は山頂に着くまで僕たちの不在に気付かなかったが、途中で同じ班の人が気付き、迅堂くんがすぐに自分のリュックを放り投げて探しに来てくれたんだとか。
あの時、僕も亜衣も迅堂くんを好きになった。
亜衣は迅堂くんと釣り合う自分になるために性格を変えた。引っ込み思案だったのに活発な女の子を演じ、クラスの中心にいる彼と一緒に遊べるポジションを得た。最初は無理をして明るく振る舞っていたけれど、そのうち亜衣は本当に快活で社交的で誰からも好かれる女の子になった。
自分を慕って性格まで変えた亜衣を、彼も意識するようになった。中学に上がり、亜衣は髪を伸ばした。小学校の間は母親の趣味でお揃いの服ばかりだったが制服は男女で違う。僕はスラックス、亜衣はスカートだ。
誰も僕たちを見間違えなくなった頃、迅堂くんが亜衣に告白をして、二人の交際が始まった。僕は一番に報告され、心から祝福した。
その日の夜、一人になってから少し泣いた。
迅堂くんを好きになったのは困っていた時に手を差し伸べてくれたから。あの時の笑顔はまさに太陽。不安で押し潰されそうだった小さな僕たちは、彼に救われたのだ。
僕の気持ちは、きっと亜衣の影響だろう。
小学生の頃は『二人で一人』みたいな双子だった。どちらかが泣けば片方も泣き、笑えば笑う。感情が切り離せていなかったんだと思う。その感覚を、僕だけがずっと引き摺っている。
他の人を好きになれば、きっと心から亜衣と迅堂くんを祝福できるはず。
僕は別に男が好きなわけじゃない。たまたま好きになったのが彼だっただけで、自分が女の子になりたいわけじゃないし、守られたいとも思わない。
次の恋はどうなるんだろう。
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