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第6話 聞けなかった話
しおりを挟む翌日の昼休み、いつものように駿河くんと一緒に購買に向かう。今日は天気が良いから中庭で食べることにした。教室だと話しづらいことがあるからだ。
校舎と体育館の間には手入れが行き届いた木と芝生の庭があり、等間隔でベンチが設置されている。少し前までは陽射しが強過ぎて外には出られなかったけど、九月も下旬に差し掛かると過ごしやすい。
「安麻田くん、食べないのか」
「え? あ、食べる食べる!」
焼きそばパンを持ったままボンヤリしている僕を見兼ね、駿河くんが声を掛けてくれた。隣に座る彼は既にパンを二つ食べ終えている。慌ててパンにかじり付きながら、どうしたものかと頭を悩ませる。
周りに人がいない場所に連れ出したまではいいけど、どうやって例の話を切り出そう。さりげなく聞けばいいんだろうけど、僕はそういうの苦手なんだよなぁ。
「なにか悩みでも?」
「そ、そういうわけじゃ……」
いや、悩んでるか。どうしよう。駿河くんが聞く姿勢を見せている。今言うべきだろうか。
サラッと聞いて、さっさとこの問題を片付けてしまいたい。変に意識するから駄目なんだ。男同士の雑談だもん。別に変じゃないよね?
「あ、あのさ、駿河く──」
意を決して口を開いた瞬間、急に陽射しが何かに遮られた。誰かがベンチの前に立ったんだ。その『誰か』の表情は逆光でよく見えない。
「こんなとこで食べてたんだ。暑くね?」
「と、土佐辺、くん」
僕たちの前に立っていたのは土佐辺くんだ。たまたま通り掛かったから声を掛けてきたのかな。もう少しで駿河くんに聞けたのに、モタモタし過ぎた。残念。
「駿河くんと安麻田くんて、いつもお昼一緒に食べてる。仲良いのね」
土佐辺くんは一人ではなかった。クラスの女子、檜葉さんと一緒だ。体育館のそばにも自販機があるから、きっとそこへ行った帰りだろう。二人とも手に紙パックのジュースを持っている。
「俺たち小学生の頃から同じ学校なんだ」
「ふうん、そうだったの」
「俺だけじゃない、土佐辺もだ」
「そー、小学校からの腐れ縁てヤツ」
うちのクラスで小学校から一緒なのは僕たち三人だけだ。檜葉さんの疑問に駿河くんと土佐辺くんが答える間、僕は何も言えなかった。
タイミングがズレていれば、女の子に卑猥な話を聞かれてしまうところだったのだ。危ない危ない、脂汗が止まらない。
「安麻田くん、顔真っ赤だよ。やっぱり中庭暑かったんじゃないの?」
フフッと口元を手で隠しながら檜葉さんが笑うと、緩く結われた長い髪とスカートが揺れる。半袖の制服から伸びる細い腕は夏の終わりだというのに全然日に焼けていない。
「う、うん。そうみたい」
女の子は居るだけで場が華やぐ。
声も仕草も可愛くて男とは違う。
「もう食い終わったなら教室戻ろうぜ。次は移動教室だぞ」
「そうだな。行こう安麻田くん」
「うん」
焼きそばパンの包装紙をたたんでポケットにしまい、先に歩く土佐辺くんと檜葉さん、駿河くんの後を追い掛ける。
途中、ちらりと檜葉さんが後ろを振り返り、僕を一瞥してクスッと笑った。
口の周りにパン屑が付いてたかな、と慌てて口元を拭うと、彼女は目を細めてから土佐辺くんと駿河くんの間に滑り込んで腕を組んだ。
「檜葉、くっつくな! 暑い」
「いいじゃない。いや?」
「お、俺は構わんが」
嫌そうにする土佐辺くんと、やや顔を赤らめて動揺する駿河くん。一人置いていかれた僕は、三人の後ろを少し離れて着いていくしか出来なかった。
結局、駿河くんに聞けず仕舞いだ。
なんのために中庭まで連れ出したのか。
──あ、そうか。
土佐辺くんに聞けばいいんだ。
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