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第3話 双子の妹と好きな人
しおりを挟む「ただいまー」
日が落ち掛けた時間に帰宅する。玄関には女物のローファーと、かかとが潰れた大きなスニーカー。どうやら誰か来ているみたいだ。まあ、こんな時間に我が家に来る客は『彼』に決まっているけれど。
制服の上着を脱いで洗面所で手を洗っていると、ドタバタと騒がしく階段を駆け降りる音が響いた。廊下に顔を出せば、背の高い金髪男が気まずそうに振り向く。
「あれっ、もう帰るの?」
「おう、またな」
「もっと遅く帰ってきたほうが良かった?」
「いーって! 妙な気ィ使うな瑠衣」
乱暴な口調で僕の名を呼び捨てにするのは、妹の彼氏の迅堂 晃くん。土佐辺くんや駿河くんと小中と同じ学校だったが、現在は違う高校に通っている。
「亜衣は?」
「二階」
「もう、彼氏の見送りくらいすればいいのに」
「今日はいーって! じゃあな!」
そう言って迅堂くんは慌ただしく帰っていった。バタンと勢いよく閉められた玄関のドアに内鍵を掛けてから二階の自室に向かい、自室の隣にある部屋のドアを開ける。
「おかえり瑠衣」
「ただいま亜衣」
妹の亜衣はベッドの上に腰を掛け、膝を抱えて俯いていた。亜衣は僕の双子の妹で違う高校に通っている。さっき帰っていった迅堂くんと同じ高校だ。
いつもは五月蝿いくらい元気なのに今日はなんだか凹んでるみたい。迅堂くんの様子もおかしかったし、ケンカしたのかもしれない。
ベッド脇にある椅子に座って覗き込むと、亜衣が「もぉ!」と苦笑いを浮かべて手で僕の顔を押し退けようとする。良かった、笑った。
「何かあった?」
「別に」
「ケンカしたのか」
「そうじゃないけど」
別に、という態度じゃない。絶対何かあったのに、亜衣はだんまりを決め込んでいる。そんなに僕は頼りない兄だろうか。
そう思っているのが伝わったのか、亜衣は少し迷った後、顔を上げて渋々と口を開いた。
「瑠衣はさァ、女の子に触りたいって思う?」
「ブッ!!?」
急に何の話だ。思わず動揺して吹いてしまった。亜衣を見れば、表情は真剣そのもの。これが真面目な話なのだと分かる。
「ぼ、僕はまだわかんない」
「瑠衣はそーゆーと思った」
素直に答えれば、亜衣は僕そっくりの顔でフフッと笑い、肩をすくめた。
「実はさっき、晃からエッチしたいって言われてさ」
「ブフゥ!!?」
「拒否ったら微妙な空気になっちゃって」
「そ、そうなんだぁ……」
明け透けな話キター!
いや、僕が聞き出したんだった!
キョドってる場合じゃない。
でも、そうか。だから迅堂くんは僕が帰宅したのを切っ掛けに慌てて帰っていったんだ。いつもと様子が違ったから心配したけど、理由が分かれば納得だ。
「亜衣はしたくないの?」
「そういうワケじゃないけど……ただ、ウチのクラスの友だち、最近そーゆー話ばっかでさ。もしエッチしたら武勇伝みたいに面白おかしく話されちゃうのかなって」
「ああ~」
亜衣と迅堂くんが通う学校はちょっとユルい。不良というわけじゃないけど、遊んでる系の生徒が多い。故に、そういった経験談が教室内で普通に飛び交っているらしい。うちの学校ではまず有り得ない話だ。
「亜衣が嫌がることなんか、彼はしないよ」
「うん……」
「誰にも言わないでほしいならそう言えばいい。迅堂くんは友達に自慢するために亜衣を傷付けるようなヤツじゃないよね」
「うん、うん」
いつの間にか、僕は亜衣を抱き締めていた。
小さい頃は親も見間違うくらいそっくりだったけど今は通う高校が違う。髪型や体つき、性格も違う。外では明るく周りを照らす太陽みたいな亜衣だけど、僕の前では弱音を吐く。可愛くて守りたくなる妹だ。
「もし言うこと聞かなかったら僕に言いなよ。代わりに怒ってあげる」
「ふふっ、瑠衣に怒られても怖くないじゃん」
やっといつもの笑顔に戻った。
亜衣は胸の中に抱えていたモヤモヤを吐き出してスッキリしたみたいで「なんかお腹すいてきちゃったー!」とベッドから飛び降りて階下に降りていった。
僕たちは双子なのに性格は真逆。
似ているのは顔立ちと、好きな人だけ。
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