69 / 71
本編
最終話:うちのお嬢様が婚約破棄しそうです
しおりを挟む「お嬢様、こちらでしたか」
リビング側から扉を開けたのはエリルだった。
仕立て屋が戻ったのを知らせに隣の部屋から来たのだが、室内に二人の姿がなかったので探しに来たのだ。
「エ、エリル、わたくし……」
エリルに抱き着き、フィーリアは書斎から飛び出してきた。その真っ青な顔色と目の前にある飾り棚を見て、エリルは全てを理解した。
「大丈夫ですよ、お嬢様。私が代わりにラシオス様を呼んで参りますからね」
「え、ええ……」
主人を安心させるためニッコリと微笑み、エリルは単身室内へと乗り込んだ。
「オイこらクソ王子、何やってんですか」
「はわっ、エリル!? なんでここに」
趣味に没頭していたラシオスは、エリルから声を掛けられるまで全く気付いていなかった。つまり、フィーリアにコレクションを見られたことにも気付いてない。
「お嬢様がこの部屋の存在を知ってしまいましたよ。早く出てきて弁解してください」
「えっ、うそ! どうしよう!!」
「私たちが帰るまで我慢していれば良いのに」
「だって!」
ラシオスの収集癖は彼の従者と側近以外には秘密である。故に、給仕係も知らない。放っておけばフィーリアの使用済みのティーカップやスプーン、ナプキンといったお宝が片付けられてしまうのだ。
この機を逃すまいとラシオスが考えるのも仕方のない話だろう。
なんとか上手く言い逃れようと書斎……秘密の部屋を出ると、そこにはフィーリアが待ち構えていた。
無表情を通り越して能面のような表情だ。怒りや悲しみ、驚き、怯えといった感情すら感じられない。
一分の隙もない立ち姿に見惚れ、ラシオスは弁解の言葉を口にするのを忘れてしまった。
「──ラシオス様。大変申し訳ないのですけれど、この婚約、なかったことにしてもよろしいでしょうか」
突然の婚約破棄宣言に、今度はラシオスが青褪めた。いつになく狼狽し、フィーリアの足元に縋り付く。
「フィーリア、違うんだ! これは全部誤解で!! いや、収集していたのは事実だが、僕は疚しいことは一切してない!!」
「わたくし、帰らせていただきます」
「フィーリアぁ!!!」
婚約者らしくなれた矢先にラシオスの変態が発覚し、フィーリアの心は以前より遠く離れてしまった。
ラシオスがスパルジア侯爵家まで追い掛け、積年の愛を語り、謝罪し、その気持ちを認めてもらうまで、かなりの時間を要した。
数日間に及ぶ謝罪と泣き落としの末、ようやくフィーリアが折れた。
「分かりました。では、あの品々は処分してくださいますね?」
「ウッ……」
ラシオスのコレクションであるフィーリアの使用済みの品々は、いわば彼の心の支えであった。離れている時間の寂しさを埋めてくれた宝物だ。本人からの指示とはいえ、手放すのは惜しい。
しかし、ここで頷かなければフィーリア自身が離れていってしまう。ラシオスは断腸の思いで秘密の部屋のコレクション処分を決断した。
「でも、ラシオス様がそこまでわたくしのことを想って下さっていたとは知りませんでした。これからは物ではなく、わたくしが側におります。それでよろしいですか?」
「フィーリア……!!」
変態の収集癖にはドン引きしたが、アレも一種の愛情表現である。自分には全く関心がないと思っていた婚約者が、実は何年にも渡ってたくさんの品々を集めるほど執着していたと知り、フィーリアは少し嬉しく思っていた。
無事に仲直りしたラシオスとフィーリアを見て、ミントは苦笑いを浮かべながら隣に立つ同僚を肘で小突いた。気を利かせて二人きりにしてやろう、という合図だ。
こっそりと部屋を出て、前室の脇にある使用人控え室へと戻る。
「丸く収まって良かったわね~」
「ええ、一時はどうなることかと思いました」
「ラシオス様、ホントに宝物棄てるのかしら」
「そこはちゃんとやらないと、次に見つかったら今度こそお嬢様から愛想を尽かされてしまいます」
「今回許されたのが奇跡よねぇ」
「クソ王子は詰めが甘いんですよ」
「あっ、今クソ王子って言った!?」
「言ってません」
腐っても王子である。
王族をこんな風に呼んでいると知られれば、普通は不敬罪で縛り首だ。しかし、ラシオスはエリルの厳しい言葉の裏にある親愛の情を汲み取り、一切を不問にしている。
「どうしようもない方ですけど、お嬢様の大事な婚約者ですからね」
「そうねえ、どうしようもないけどね~」
そう言いながら、エリルとミントは笑い合った。
『うちのお嬢様が婚約者の第2王子から溺愛されているのに真実の愛を求めて婚約破棄しそうです。』 完
21
2021/03/11 完結
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる