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本編
55話:あの令嬢が呼ばれたのは誰の策でしょうか
しおりを挟む王都の土を踏むのは何ヶ月ぶりだろう、と彼女は思った。
馬車から降り、案内されたのは間違いなく王宮へと続く道。下位貴族の令嬢が呼ばれるには不釣り合いな煌びやかな場所である。彼女は震える足を軽く叩いて気合いを入れてから、鏡のように美しく磨かれた石の廊下を歩き始めた。
数日前、この国の大臣から名指しで招待状が届いた。第一王子の結婚披露宴への招待だ。元クラスメイトである第二王子ならともかく、何故第一王子の披露宴に呼ばれるのか分からず、手紙を運んできた使者に何度も尋ねたが、どうやら人違いではないらしい。
急な招待を詫びるようにドレスや小物類も同時に届いた。これを身に付けて参加しろということだ。つまり、支度が間に合わないから参加出来ないという言い訳は通用しない。
おかげで見た目だけは王宮でも恥ずかしくないように装えたが、中身は木っ端貴族のまま。彼女は重い足取りで案内係の後ろに付き、会場を目指した。
「あぁら、お久し振りですこと。お元気そうで何よりです。来て下さって嬉しいわ」
「ごっ、ご無沙汰しております!」
途中、声を掛けられた。元クラスメイトの高位貴族の令嬢たちである。彼女たちは王宮内でも微塵も臆することなく堂々と振舞っていた。あまり仲が良いとはいえないが、不慣れな場所で顔見知りに会えたことで、彼女は内心ホッとした。
「そんなに畏まらないで。……ああ、やはり貴女の髪には淡い色のドレスが似合うわね」
招待状をくれた大臣はこの令嬢の父親である。ドレスの見立ては彼女がしてくれたのだろう。
「あの、私は何故呼ばれたのでしょう」
「以前のお詫びも兼ねておりますの。さあ、私たちと一緒に参りましょう」
以前とある誤解から、この令嬢たちから責められ、心労から貴族学院を休学することになった。現在も休学中で、田舎の領地で伸び伸び過ごしていた。
そんな時に招待を受けたのである。
「あ、そうそう。貴女も恋愛小説を読むのよね?」
「お詫びの印として受け取ってもらえるかしら」
そう言って双子令嬢の一人がクラッチバッグから取り出したのは小さな薄い本。小口が鮮やかなピンクに染められ、表紙は金糸で刺繍が施されている。
「こっ、これはもしや、先日発売された限定の小冊子! 手作り装丁のため世に百冊しか出回っていないという、あの伝説の限定本ですか?」
「ええ。作家の方とお父様が付き合いがあって、特別に融通していただきましたの」
「私たちの読み古しで悪いのだけど、良かったら貰っていただける?」
田舎の領地にも書店はあるが、限定本は当然入荷されなかった。そもそも、その限定本の存在を知った時には発売日はとうに過ぎており、この時ばかりは休学して田舎に引っ込んだことを後悔した。
憧れの限定本が目の前にある。
彼女は飛びつきたくなる衝動を抑え込んだ。
「こ、こんな貴重なお品を頂いても……?」
「もちろんよ。忘れないうちに受け取って」
「すっごく素敵なお話だったわよ」
「ああっ、ありがとうございますぅうーーッ!!」
両手で恭しく小冊子を受け取り、大事に自分のクラッチバッグの中に仕舞い込む。
「そろそろ会場に参りましょう。フィーリア様も貴女が来ると知って喜んでおいででしたよ」
「ほ、本当ですか?」
「直接ご挨拶したら分かるわ」
「早く行きましょ、アウローラ様」
彼女……アウローラ・フロル・ブラースカ男爵令嬢は、元クラスメイトの令嬢四人に四方を囲まれるようにして披露宴会場へと入った。
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