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本編
56話:隣国の王子は独り身の寂しさを感じております
しおりを挟む大聖堂での式を終えると、次は王宮内にある大広間に移動して披露宴が行われる。先程までの堅苦しい礼服から少し楽な衣装に着替え、改めて会場入りすることになる。
ロトム王国からは国王ジークヴァルト・ディグニスとアリーラ妃。
カサンドール王国からは国王マルスカヤ・フローガとサマリアーナ妃。
サウロ王国からは王太子ディナルス・ドゥアルテ・ファガナクスと婚約者のザフィリア嬢。
アステラ王国からは外務大臣アラン・ヴィクランドとマリアンナ夫人。
ユスタフ帝国からは外務大臣プレド・アレルタとエスターニア夫人。
ブリムンド王国の高位貴族たちも会場へ入る度に名前を読み上げられ、その都度注目が集まり、盛大な拍手で迎えられた。みな当然のように伴侶を連れている。こういった場で一人で参加する者は少数派だ。
体調が安定しない父王の代わりに参加したアイデルベルド王国王太子ローガンには連れがいない。こういった場でエスコートする女性がいないのは寂しいばかりだが、会場入りして人混みに紛れてしまえばあまり苦にはならない。
それに、他にも一人で参加している者がいる。
大聖堂で祝福の聖句を捧げた大司教ルノー・カイネンベルグもその一人だ。三十路前くらいの見目麗しい青年だが、聖職者だからか彼は結婚していないようだった。
モント公国の大公妃メラリア・アウズラストは夫が高齢のため一人で参加している。こういった華やかな場に慣れており、他国に知人も多い。自然と周りに人の輪が出来、楽しげに語らっている。
一人での参加は自分だけではないが、肩身が狭いのは確か。父王の名代として各国の代表たちと笑顔で言葉を交わしながらも、どこか心に隙間が空いたような気持ちを抱いていた。
大聖堂での式が終わった後、フィーリアとラシオスの距離感が明らかに縮まっていたことにローガンは気付いていた。これまで一定の距離を置いていた二人が手を取り合い、時には笑顔を見せ合う姿を見て、割り込む余地が完全に無くなったと感じた。
フィーリアに惹かれたのは、彼女が悲しみを抱えていたからだ。その悲しみの原因が婚約者にあると知り、彼から遠去けたくて求婚した。婚約者であるラシオスに発破を掛ける意味もあった。
結果的に上手くいったのだろう。
フィーリアへの想いは嘘ではない。
ただ、ラシオスより過ごした時間が短いだけ。
どれほど努力してもそれだけは敵わない。
数日続く祝いの宴が終われば帰国となる。
そうすれば、次に会うのは彼らの結婚式に招かれた時だろうか。その時も、自分は一人で参加するのだろうか。
暗くなる思考に引き摺られるように、ローガンはぼんやりと大広間の中を歩いていた。
その時、給仕係と肩がぶつかった。
「大丈夫か」
「私は大丈夫です。ああ、でもお召し物が」
運んでいたグラスから跳ねた果実酒がローガンの上着の袖に小さなシミを作っていた。給仕係の女性は青い顔をして何度も頭を下げている。
「これくらい大して目立たん。気にするな」
「そうは参りません! 付いてすぐでしたら簡単な処置で落とせます。少々お時間をいただけませんか。私、ちょうどシミ抜きの道具を持っております」
「そ、そうか」
給仕係はエプロンドレスのポケットから小さなポーチを出して見せた。随分と準備が良い。こうした事態を想定して常に持ち歩いているのだろう、とローガンは感心した。
「では上着をお借り致しますね。そこの控え室でお待ちください」
「わ、わかった」
あれよという間に上着を脱がされ、ローガンは大広間に隣接する控え室のひとつに通された。
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