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本編
50話:悲劇の詳細を教えてもらいました 2
しおりを挟む「え、求婚されてめでたしめでたし、じゃないの?」
「忘れたの? エリル。これは『最初の事件』のお話よ。本題はここからなんだから!」
そうだった、とエリルは居住まいを正して再度聞く姿勢を取った。
ミントの巧みな語り口に魅了され、いつのまにかその物語に入り込んだかのような錯覚に陥ってしまう。
これは既に終わった話だというのに。
言い寄る令嬢たちを差し置いてローガンが選んだのは、伯爵令嬢トリスティナだった。
求婚を受けたことで、彼女の生活は一変した。
トリスティナには友達がいない。他者との交流より貴族学院の図書館にある蔵書を読むことばかりに時間を割いてきた。だからこそローガンと出会い、誰にも気付かれずに親交を深めることが出来た。
それが完全に裏目に出た。
ローガンの婚約者になったと知れ渡った途端、それを妬んだ令嬢たちからの嫌がらせが始まったのだ。
無視や嘲笑、陰口はトリスティナには効かなかった。元々他人の目を気にするような性格ではない。根も葉もない噂を立てられても心を痛めるほど繊細ではなかった。守ってくれるような友人はいないが、彼女は一人でも平気だった。
しばらくして、矛先が家族へと向いた。
トリスティナの祖母が他国の下位貴族出身であるという事実を調べ上げ、血筋を理由には次期国王の相手として相応しくないと罵る輩が現れたのだ。
アイデルベルド王国では恋愛結婚が主流である。故に、他国出身者と結ばれることも稀にある。高位貴族になればなるほど血筋には拘る傾向があるので、こういった反応が出ることも想定内だった。
幸いローガンも、彼の両親である国王夫妻も血筋のことは全く気にしなかった。トリスティナもローガンたちさえ認めてくれるのなら構わないと思っていた。しかし、大好きな祖母を貶されたことで、少しずつ心労が溜まっていった。
その頃に事件が起きた。
どんなに嫌がらせをしても一向に婚約者の立場から辞退しないトリスティナに業を煮やした一人の令嬢が、ついに強硬手段に出た。
裁ちバサミを用いて彼女の髪を切ったのである。
明るい栗色の髪は肩の上辺りでバッサリと切られてしまった。本を読む時に邪魔になるからと後ろで一つに結っていた。その結び目を狙われたのだ。
刃物を持った令嬢はすぐに護衛によって取り押さえられた。放っておけば、ハサミをトリスティナ自身に突き立てんばかりの剣幕だった。彼女はローガンに気に入られようと付き纏っていた高位貴族の令嬢だった。格下の伯爵令嬢にローガンを奪われたことで病んでいたらしい。
幾ら他人の目を気にしないとはいえ、トリスティナも年頃の令嬢だ。結えないほどに短く切られた髪に、彼女は酷くショックを受けた。
トリスティナは、そのまま窓から身を投げた。
「じ、自殺……?」
「そう。それまでの陰口や家族に対する誹謗中傷とか、平気なふりをしていても内心追い詰められていたんだと思うわ。更に髪まで切られて、限界が来ちゃったのかもしれないわ」
「……」
「ご遺体の状態が悪くて、葬儀の際もローガン様は彼女の姿を見せてもらえなかったそうよ。……恐らく、髪が短い姿を見られたくなかったんでしょうね」
以前、ヴァインが髪の長さについて話していたことを思い出し、エリルは無意識のうちに自分の後ろ髪に手を伸ばした。
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