【完結】うちのお嬢様が婚約者の第2王子から溺愛されているのに真実の愛を求めて婚約破棄しそうです。

みやこ嬢

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本編

40話:第2王子はなかなか素直になれないようです

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 貴族学院の医務室には医師が常駐している。
 体調不良や軽い怪我くらいならば即座に対応できるように設備も整っており、休むためのベッドも幾つも用意されている。そのうちのひとつにラシオスは寝かされた。

 医師の見立てによれば、痩せ過ぎが原因で軽い貧血を起こしているらしい。ラシオスは数日で二、三キロ体重を落としている。元々痩せ型で余分な肉はついていないため、体力がごっそり剥がれ落ちたようなものだ。

 ベッドに横たわるラシオスを見て、フィーリアは眉をひそめた。用意された椅子に腰掛け、彼の顔を覗き込む。わずかに頬がこけているように見えるのは気のせいではなかった。

 来月の式典を前に緊張しているのかもしれない、とフィーリアは考えた。他国の王侯貴族を多数招いて歓待するのだ。王族の一員として、ラシオスは精神的な重圧を感じているのではないか。それが衰弱の理由ではないかと推測した。

「具合が良くないのでしたら、学院をお休みになられた方が……」

 純粋に婚約者の体調を心配して出た言葉。
 しかし、ラシオスにはそうは聞こえなかった。

 アイデルベルド王国王太子ローガンの案内役に指名されてからというもの、フィーリアは婚約者のラシオスとの時間を無くした。
 日課のランチを断り、会話も最低限しか応じない。
 たまに顔を合わせても視線をすぐ逸らす。
 それなのに、ローガン相手には笑顔を向けているのだ。ラシオスには見せないような笑顔を。

 だから、気遣う言葉すら素直に信じられない。

「僕がいたら邪魔になるからか」
「えっ……」

 思わずこぼれた嫌味にラシオス自身が驚いた。フィーリアも驚いている。何故そんなことを言われたのか分からないといった表情だ。

 それを見て、ラシオスは側近のガロフの言葉を思い出した。

 王宮にある秘密の部屋に籠もりがちな主人あるじを諭すように、淡々と説教されたのだ。


『よろしいですか殿下。気持ちというものは、相手に伝わらなくては無いも同然です。どれだけ想っていても伝える努力を怠れば意味がありません。殿下は愛情を向ける先を間違えておられる。ここにある品物が愛しいのは物自体ではなく持ち主が愛しいからですよね? きちんと気持ちを伝えたことはありますか? 正しく伝わったと思ったことはありますか?』


 気持ちを伝えたことはない。
 側にいるだけで舞い上がり、にやけてしまいそうになる顔を必死に抑えるだけで精一杯。

 エリルから叱られ、ガロフから諭され、ようやく自分がきちんとフィーリアに気持ちを伝えていなかったことに気付いた。

 でも、急には変われない。
 今もまた憎まれ口をたたいてしまった。
 婚約してから十数年ずっとこんな状態だった。
 これまで見棄てられなかったことが奇跡だ。

「……済まない。心配してくれているのは分かっている。今の言葉は忘れてくれ」
「は、はい」

 不安そうに表情を曇らせるフィーリアをまともに見ることが出来ず、ラシオスは視線を彼女の後ろに移した。

 フィーリアの後ろには大きな窓がある。
 その窓の向こう側に見慣れた顔があった。
 フィーリアの専属メイドのエリルだ。

 エリルは窓ガラスに張り付き、ラシオスを睨みつけていた。医務室があるのは二階。窓の外には僅かな出っ張りしかない。そこを足場にして、エリルはラシオスに圧を掛けていた。

 はたから見れば恐ろしい光景だが、気心の知れたエリルの姿にラシオスは安堵した。

 ちなみに、ヴァインはカラバスが屋上に引き付けている最中である。時折金属音が聞こえてくる。軽く手合わせをしているのかもしれない。

 エリルに叱責された日の記憶が蘇る。




『お嬢様はラシオス様から好かれていないとお考えです』

『でも、お嬢様に伝わらなければ意味がないんです』




 それは、先日ガロフから言われた言葉と全く同じだった。

 ラシオスは婚約者という立場に胡座をかき、自分を守るためだけに外面を取り繕い、肝心のフィーリアを傷付けてきた。

 あの日も、せっかくの彼女の好意を無駄にした。

 そう思ったら急に自分が情けなくなって、ラシオスはいたたまれなくなってしまった。

「……フィーリア、教室に戻ってくれ」
「でも、」
「君がいたら休めない」
「……そう、ですよね。わかりました」

 寝返りを打って背を向ける。
 これ以上自分の弱った姿を見せたくない一心だったが、フィーリアは拒絶されたと感じた。

 だが、眠るのならば枕元でじっと見られていたら落ち着かないのは事実。フィーリアはすぐに椅子から立ち上がった。

「……ゆっくりお休みになってください」

 軽く頭を下げてから、フィーリアは仕切りのカーテンの向こうへと去っていった。
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