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本編
30話:第2王子は普段通りに振る舞っております
しおりを挟むその日もラシオスはフィーリアに話し掛けようと試みていた。
授業が終わり、休憩時間になってすぐに席を立ち、彼女の元へ行こうと一歩前に足を出したところで動きを止める。
フィーリアの隣はアイデルベルド王国の王太子ローガンの席だ。故に、少し離れた席のラシオスが話し掛けるより早く、ローガンが彼女に声を掛けてしまう。そうなれば話に割り込むことは出来ない。
何よりフィーリアの見せる笑顔。
ラシオスに対してはいつも真面目な表情で、あまり感情を表に出すほうではなかった。それは、ラシオスが照れと恥ずかしさで極度に緊張し、常に彼女に対してしかめっ面をしていたからだが、本人はそれに気付いていない。
「まあ! ローガン様ったら」
時折届く彼女の声は軽やかで、つい聞き耳を立ててしまう。不自然ではないように、さりげなくそちらを盗み見て、愕然とした。
婚約者のラシオスにさえ見せないような自然な笑顔を他の男に向けている。その笑顔は本当に愛らしくて、思わず目が離せなくなった。
兄の結婚式の招待客でなければ。
隣国の次期国王でなければ。
自分より地位の高い者でなければ。
すぐにでもローガンとフィーリアの間に割り込んで無理やり引き離してしまいたい。それほどまでにラシオスは嫉妬していたが、王族としての立場と矜持がギリギリのところで衝動を抑え込んでいた。
感情を露わにすべきではない。
これは高位貴族に施された教育という名の呪い。
ラシオスは心を隠して普段通りに振る舞った。
それでも、ローガンがフィーリアに求婚したと知ったら、地位や立場を棄ててでも妨害しに行くだろう。
エマリナたちが完璧に口を噤み、エリルが迂闊に接触出来ない現状では、ラシオスにその事実を知る術はない。
そして、この状況でも割って入らず普段通りに振る舞う婚約者の姿をちらりと見て、フィーリアも密かに落胆していた。
恋愛小説ならば、恋人に異性が急接近したら全力で阻もうとするのが定石。やきもちやすれ違いが切っ掛けで少し揉めて、気持ちを確かめ合い、仲直りしてハッピーエンド。
現実は作り話のように簡単にはいかない。
ラシオスとフィーリアは親が決めた婚約者。
婚約成立から十余年もの時が流れたが、本人たちの性格もあり、周りのようにうまく交流を深めることか出来ずにいた。
──フィーリアはどう思っている?
──ラシオス様はどう思ってらっしゃるの?
互いが互いの気持ちを探り合い、失望し、徐々に心が冷えていく。
しばらく言葉を交わさない日々が続いているにも関わらず、ラシオスは二人分のランチを王宮の厨房に作らせ、毎日貴族学院に届けさせている。
再び一緒に食べられる日が来ると信じて。
そして、今日もランチボックスが届けられた。
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