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本編
12話:お嬢様が婚約破棄したがる本当の理由が判明しました 2
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おこです。
使用人、従者、メイドは貴族学院に同伴することが出来ない。届け物など、特別な用事がなければ敷地内に入ることは許されていない。
これは、普段から身の回りのことを人に任せっきりの貴族の子息に自立を促すための訓練のようなものである。
エリルは時折気配を消して忍び込んではいるが、長時間の侵入は見つかる危険がある。最低限の用事を済ませたら即座に出ていっている。
つまり、学院に通っている間の主人の様子を見ることは出来ない。
「おかしいと思ったんですよ。思慮深く聡明なお嬢様が婚約破棄したいと言い出すなんて。余程の理由がなければそんな我儘を仰るはずがないんですから」
「ど、どういうことだい、エリル。……あっ、そのタルトは全部包んでもらえるかな。王宮に持ち帰って保存したい。籠ごと貰っていい?」
フィーリアが去り、東屋に取り残されたラシオスは、後片付けをするエリルに問い掛けた。それに対し、エリルは不機嫌さを隠しもせず舌打ちした。
「よろしいですかクソ王子。お嬢様はいま深く傷付いてらっしゃいます。本当に婚約破棄されてしまうかもしれませんよ」
「それは困る! 僕はフィーリア以外と結婚するつもりはない。彼女だけを想ってきたんだ!」
そう、ラシオスは婚約が成立した時からフィーリアにベタ惚れで、他の令嬢に目移りしたことすらない。
しかし、フィーリアはそれを知らない。
高位貴族は自身の感情を表に出さないように幼少期から厳しく躾けられる。特に、喜びや悲しみ、怒りなどは相手に悟られないように。
第二王子のラシオスも例外ではない。
彼はフィーリアを前にすると顔がニヤけてしまう。人前ではそれを必死に押さえ込み、王子としての外面を保っていた。故に、フィーリアと共に過ごす時は作り笑いばかりで自然に微笑むことすら出来ていない。逆に、どうでもいい相手には自然体で笑うことが出来る。
誰にでもにこやかな笑顔を向けるラシオスが、婚約者のフィーリアだけにぎこちない笑みを浮かべる。
普段からこの有り様なのだとしたら、ラシオスの気持ちが正しく伝わるはずがない。
「お嬢様はラシオス様から好かれていないとお考えです。それどころか、嫌われているとさえ感じてらっしゃるでしょう」
「ご、誤解だよ!」
「ええ、分かっておりますとも。でもお嬢様に伝わらなければ意味がないんです。先ほどのお言葉で、ラシオス様のお気持ちは真逆に受け取られました。あれが駄目押しでしたね」
メイドのエリルに対し、ラシオスは素で振る舞える。それは彼女が貴族ではないからだ。気を使うべき相手だと思っていないからこそ素直な気持ちを隠さずに居られる。
これくらい感情をさらけ出すことが出来ればすぐにフィーリアの誤解も解けるだろう。
しかし……
「ラシオス様の素って気持ち悪いんですよね。好意が伝わったとしても嫌われる可能性は十分にあります」
「エリル、それは流石に酷いよ」
「真実を申し上げたまでですよ、クソ王子」
「めちゃくちゃ怒ってるね!?」
「お嬢様を傷付けたのですから当然です。王子じゃなかったら八つ裂きにして豚に喰わせ、余った分は大河に流して魚の餌にしているところです」
「お、王子でよかった……!」
エリルは将来嫁入りしたフィーリアに付いて王宮で働くことを目標にしているため、婚約破棄だけは避けたいと考えていた。
だが、それ以上にフィーリアを敬愛している。
「お嬢様の害になるくらいなら婚約破棄しちゃってもいいかもしれません」
「み、見捨てないでエリル!」
「……もう昼休みも終わりですね。私は帰らねばなりません。罰として、このフルーツタルトは没収です」
「そんなァ!!」
ラシオスの手から籠を取り上げ、エリルは優雅に一礼してから東屋を後にした。
使用人、従者、メイドは貴族学院に同伴することが出来ない。届け物など、特別な用事がなければ敷地内に入ることは許されていない。
これは、普段から身の回りのことを人に任せっきりの貴族の子息に自立を促すための訓練のようなものである。
エリルは時折気配を消して忍び込んではいるが、長時間の侵入は見つかる危険がある。最低限の用事を済ませたら即座に出ていっている。
つまり、学院に通っている間の主人の様子を見ることは出来ない。
「おかしいと思ったんですよ。思慮深く聡明なお嬢様が婚約破棄したいと言い出すなんて。余程の理由がなければそんな我儘を仰るはずがないんですから」
「ど、どういうことだい、エリル。……あっ、そのタルトは全部包んでもらえるかな。王宮に持ち帰って保存したい。籠ごと貰っていい?」
フィーリアが去り、東屋に取り残されたラシオスは、後片付けをするエリルに問い掛けた。それに対し、エリルは不機嫌さを隠しもせず舌打ちした。
「よろしいですかクソ王子。お嬢様はいま深く傷付いてらっしゃいます。本当に婚約破棄されてしまうかもしれませんよ」
「それは困る! 僕はフィーリア以外と結婚するつもりはない。彼女だけを想ってきたんだ!」
そう、ラシオスは婚約が成立した時からフィーリアにベタ惚れで、他の令嬢に目移りしたことすらない。
しかし、フィーリアはそれを知らない。
高位貴族は自身の感情を表に出さないように幼少期から厳しく躾けられる。特に、喜びや悲しみ、怒りなどは相手に悟られないように。
第二王子のラシオスも例外ではない。
彼はフィーリアを前にすると顔がニヤけてしまう。人前ではそれを必死に押さえ込み、王子としての外面を保っていた。故に、フィーリアと共に過ごす時は作り笑いばかりで自然に微笑むことすら出来ていない。逆に、どうでもいい相手には自然体で笑うことが出来る。
誰にでもにこやかな笑顔を向けるラシオスが、婚約者のフィーリアだけにぎこちない笑みを浮かべる。
普段からこの有り様なのだとしたら、ラシオスの気持ちが正しく伝わるはずがない。
「お嬢様はラシオス様から好かれていないとお考えです。それどころか、嫌われているとさえ感じてらっしゃるでしょう」
「ご、誤解だよ!」
「ええ、分かっておりますとも。でもお嬢様に伝わらなければ意味がないんです。先ほどのお言葉で、ラシオス様のお気持ちは真逆に受け取られました。あれが駄目押しでしたね」
メイドのエリルに対し、ラシオスは素で振る舞える。それは彼女が貴族ではないからだ。気を使うべき相手だと思っていないからこそ素直な気持ちを隠さずに居られる。
これくらい感情をさらけ出すことが出来ればすぐにフィーリアの誤解も解けるだろう。
しかし……
「ラシオス様の素って気持ち悪いんですよね。好意が伝わったとしても嫌われる可能性は十分にあります」
「エリル、それは流石に酷いよ」
「真実を申し上げたまでですよ、クソ王子」
「めちゃくちゃ怒ってるね!?」
「お嬢様を傷付けたのですから当然です。王子じゃなかったら八つ裂きにして豚に喰わせ、余った分は大河に流して魚の餌にしているところです」
「お、王子でよかった……!」
エリルは将来嫁入りしたフィーリアに付いて王宮で働くことを目標にしているため、婚約破棄だけは避けたいと考えていた。
だが、それ以上にフィーリアを敬愛している。
「お嬢様の害になるくらいなら婚約破棄しちゃってもいいかもしれません」
「み、見捨てないでエリル!」
「……もう昼休みも終わりですね。私は帰らねばなりません。罰として、このフルーツタルトは没収です」
「そんなァ!!」
ラシオスの手から籠を取り上げ、エリルは優雅に一礼してから東屋を後にした。
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