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本編

11話:お嬢様が婚約破棄したがる本当の理由が判明しました 1

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 翌日、フィーリアはいつものように婚約者のラシオスとランチタイムを共にしていた。貴族学院の中庭にある東屋あずまやで、王宮の料理長お手製のランチを食べる。

 ここからがいつもと違った。

「お嬢様、お持ちいたしました」
「用意して頂戴」
「はい、少々お待ちを」

 籠を手にしたエリルは恭しくお辞儀をしてから、テーブルの上に皿を並べ、持参したフルーツタルトを乗せた。

「こちらはお嬢様お手製のお菓子でございます」

 全ての支度を済ませてから、エリルはフィーリアの後ろへ下がった。
 本来使用人は学院内に同伴出来ないが、昼食を届けにきた場合は昼休みに限り出入りを許可される。
 前回は勝手に忍び込んでいたが、今回エリルはきちんと手順を踏んで許可を得たので堂々と人前に姿を見せている。

「フィーリアが、これを?」
「は、はい」
「ほう……」

 ラシオスは目の前に置かれたフルーツタルトを興味深そうに見つめた。表情は険しい。口元は何故か硬く結ばれ、眉間に皺が寄っている。

 向かいに座るフィーリアは、その様子を固唾を飲んで見守っている。

 フルーツタルトには季節の果物がふんだんに使われ、しかも食べやすいサイズにカットしてある。見た目も良い。
 だが、何故かラシオスはいつまで経っても手をつけようとはしなかった。

「あ、あの……召し上がらないのですか?」

 痺れを切らしたフィーリアが尋ねると、ラシオスは大きな溜め息を洩らしながらこめかみに手を当て、首を横に振った。





「──嗚呼、君は僕を殺す気なのかい?」





 ラシオスの言葉に、フィーリアは身体を強張らせた。そして、震える手で膝の上に置いていたナプキンを取り、テーブルへと置いてから席を立った。

「失礼。先に教室に戻りますわ」
「フィーリア?」

 フィーリアはそのままツカツカと東屋から出て、校舎の方へと歩いていってしまった。
 その後ろ姿を茫然と見送った後、ラシオスは首を傾げた。

「お腹でも痛いのかな?」

 呑気な口調でエリルに声を掛けるラシオス。しかし、エリルは表情を変えないまま、スススとラシオスの側に歩み寄り、周りには聞こえない程度の声で返事をした。

「オイこらクソ王子、お嬢様に向かって一体何してくれちゃってるんですか? あぁ???」
「え、いまクソ王子って言った?」
「言いましたよクソ王子」
「なんで!??」

 怒り心頭でいつになく口の悪いエリルに、ラシオスはただただ困惑していた。それくらい自分が何をしでかしたのかを理解していない。

「僕なんか悪いことした?」
「は? 分かってらっしゃらないんですか? 自覚もなくあんな酷い言葉をお嬢様にぶつけたのですか?」
「ひ、酷い言葉……?」

 ラシオスは本当に理解していないようだった。

「先ほどフルーツタルトを前にして『君は僕を殺す気か』と言われましたよね」
「あ、ああ。だってフィーリアお手製のお菓子だろう? 愛しいフィーリアが僕のために作ってくれたものだよ? そんなの食べたら幸せ過ぎて死んでしまうよ!」
「……お嬢様はそうは受け取っておりません。『おまえの作ったものなんか食べたら腹を壊して死ぬ』くらいの意味に感じているはずです」

 あの言葉を発した時のラシオスは、喜び過ぎてニヤけそうになる口元を必死に堪えるあまり、ものすごく険しい顔をしていた。彼の真意を理解しているエリルでさえ、あの表情と言葉をセットで聞いて驚いたほどだ。

「なるほど、だからお嬢様はラシオス様に好かれていないと勘違いをなさっていたのですね」
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