23 / 36
23話・すれ違い ─リオン視点─
しおりを挟むフラウ嬢と二人きりで話す機会を得た。今この客室には俺たち以外誰もいない。いかん、気持ちが昂ってきてしまった。
「…………」
「…………」
向かいのソファーに座るフラウ嬢はピシッと背筋を伸ばし、凛とした表情で俺を真っ直ぐ見据えている。赤茶のつぶらな瞳に俺だけを映しているのだと思うと歓喜で胸が打ち震えてしまう。
カップを取り、口元に運ぶ所作も美しい。来世はフラウ嬢愛用のカップになりたい。どれほどの徳を積めばこの願いは叶うだろうか。今度任務のついでに大聖堂にお布施でもしてみるか。
彼女の視線がカップから俺へと戻された。一瞬も見逃したくなくて、グッと瞬きを堪える。
嗚呼、今日の装いも素敵だ。淡い髪色を引き立たせる濃い色合いのドレスに合わせたリボン、胸元に光るブローチは一昨年の誕生日に贈ったものを愛用してくれているのだな。それは俺の瞳と同じ色の宝石をあしらった品だ。会えない時も、そのブローチを俺だと思って大事にしているのだろう。……いや、ブローチごときがフラウ嬢と四六時中一緒にいるとは許し難い。俺だって彼女とずっと一緒に居たいし、胸元にくっついていたい。くそっ、ブローチめ!
おっと、思考がまた逸れてしまっていた。こういうところが悪い癖だとダウロから叱られたばかりではないか。
「……フラウ嬢」
「は、はい」
声を掛けると、フラウ嬢は緊張でやや硬い返事をした。
「ダウロに言わせると、俺は随分と言葉が足りていないらしい」
「はぁ」
「今日も説教を喰らった。口煩い奴だが、今までで一番の剣幕だった。俺はそこまで酷いつもりはなかったのだが」
これまでも度々小言を言われてきたが、今日は特にすごかった。石造りの床に直に座らされ、説教が終わるまで立つことすら許されなかったのだ。
俺は侯爵家の次男で現役の騎士なのだが?
『何か欲しいものはないかと聞いた時、フラウ様は何と答えたと思います? 何も要らないと仰ったんです。年頃の令嬢がですよ?』
『仕事の日は遠く離れた別邸までわざわざ帰ってこなくていい、って。坊っちゃんの身体を心配して下さってるんです』
『今日の昼間なんか使用人を守るために初めて表に出たんですよ。自分のためではなく侯爵家の使用人のために』
『確かに、坊っちゃんが思ったままを口にするとキモいからやめろとは言いましたけど、なにもフラウ様相手に無言になる必要ないでしょーが。極端なんですよ、全部が』
俺はそんなに酷いのだろうか。
「そうですね。本当に、ダウロさんの指摘通りだと思います」
フラウ嬢がダウロの意見を肯定した。
「私、リオン様が苦手です。何を考えてらっしゃるか分かりませんから」
「……」
今、俺が苦手って言った?
何を考えているか分からない?
ちょっとショックで気を失いかけた。
「毎月お茶会を開いても、リオン様は終始無言でしたよね。私は何日も前から話題を吟味しているのに、あなた様は私と何を話すか考えたことすらないのでしょう」
おお、俺と話すことを数日前から考えてきてくれていたのか。どうりでフラウ嬢の話はいつも楽しかったわけだ。鈴の鳴るような可憐な声を聞き漏らしたくなくて、毎回最低限の相槌を打って話の続きを促したものだ。笑顔で話すフラウ嬢が可愛くて、いつもガン見してしまっていたほどなのだから。
「いつも怖い顔をして、向かいの席に座ってお茶を飲むだけ。私と二人で過ごす時間がお嫌でしたら律儀に毎回出席しなくても、適当に理由をつけて中止にしてくだされば良かったのです」
「……」
うん?
雲行きが怪しくなってきたぞ……?
てっきりフラウ嬢もお茶会の時間を心から楽しんでいるものだとばかり思っていた。だって、彼女はいつも俺に微笑み掛けてくれていたから。
「わ、私、あなた様に少しでも気に入られようと頑張っておりましたのに」
真珠のような大粒の涙がフラウ嬢の目からこぼれ落ちた。声を震わせて泣く姿に胸が締め付けられる。可憐なのに、これ以上見ていられない。
なんということだ。俺の気持ちは何ひとつ伝わってはいなかった。当たり前だ。彼女が笑顔で語り掛けてくれることに甘え、自分から何も伝えてこなかった。
てっきり彼女も同じ気持ちなのだと……俺を好いてくれていると思い込んでいた。
フラウ嬢は、笑顔の裏で失望していたのだ。
0
《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい
《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法
《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話
《 わんこ営業マン×メガネ敬語総務 》
営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい
《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
お気に入りに追加
682
あなたにおすすめの小説
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる