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18話・気遣い
しおりを挟む「どうも。リオン様の代わりに参りました」
「はあ……」
夕食を終えた頃、一人の青年が客室に訪ねてきました。彼は何度か見かけたことがあります。ただ、直接言葉を交わすのは今回が初めてですけれども。
「リオン様の従者のかたですわよね」
「ダウロとお呼び下さい、フラウ様」
人好きのする笑みを浮かべ、ダウロさんはするりと客室内に入り込んできました。暗い色の長い前髪を左右に分けた、少しミステリアスな印象のかたです。
「あっ、ダウロさんだ。こんばんはぁ」
「こんばんは、ルウちゃん」
ダウロさんを見て、侍女のルウが反応しました。すぐに彼も笑顔で応えます。
「あなたたち、知り合いなの?」
「別邸に来てから話すようになったんですよ」
昼間ルウは老メイドのお手伝いで階下によく出入りするようになりました。その時に親しくなったそうです。
座るよう勧めましたが、ダウロさんは固辞し、私が腰掛けているソファーの側に立っております。
「今夜リオン様はお仕事で来られませんから、代わりに僕が様子を窺うようにと申し付けられてきたんですよ」
「まあ、そうでしたの」
今朝も早くから出勤していったのに、まだお仕事が終わりませんのね。外で働く殿方は本当に大変だこと。
「突然こんなところに閉じ込められて、さぞお困りでしょう。なにか不満はありませんか。必要なものがあればご用意いたしますが」
ダウロさんに問われ、少し考えてみました。当初は不満だらけでしたが、今はそうでもありません。
「お気遣いありがとうございます。特に不便はありませんので大丈夫です」
「何にもないんですか? 新しいドレスとか、装飾品とかでも構いませんよ?」
「ええ。何も要りません」
即座に答えると、ダウロさんは少し驚いたように目を見開きました。
もうすぐ婚約を解消するのですから、これ以上ネレイデット侯爵家に世話をかけるわけには参りません。別邸での暮らしには満足しておりますし、他に望むことなどありません。
「あ」
ひとつだけ不満がありました。
「リオン様にお伝えください。お仕事がある日は王都の屋敷にお帰りになるように、と」
騎士団の宿舎があるのは王都の中心街。ネレイデット侯爵邸に程近い。
全力で馬を走らせても一時間以上かかるような郊外にある別邸まで仕事を終えた後に帰ってくる必要はありません。わざわざ帰ってきても、私とは二言三言話すだけ。たったそれだけのために身体を休める時間を削るなんて馬鹿げております。
「それがフラウ様の望みなのですか」
ダウロさんは目を瞬かせた後、顎に手を当てて何度か頷きました。
「……なるほど、わかりました。今のお言葉、必ずリオン様にお伝えいたします」
これからリオン様に伝えに行くつもりなのでしょうか。ダウロさんは笑顔で退室していきました。
二人きりになった途端、ルウが私に対して呆れ顔で溜め息を吐き出します。何か言いたげでしたので聞いてみると、ルウは肩をすくめました。
「お嬢様って欲がないんですねぇ」
「そうかしら」
「そうですよぉ。望めば何でも買ってもらえる感じでしたよ!」
「でも、本当に要らないもの」
監禁に対する償いをしたいのでしょうか。それとも贈り物で私の気持ちを繋ぎ止めたいのでしょうか。
新しいドレスや綺麗な装飾品より欲しいものは婚約解消の承諾だけ。それが叶わぬのなら、せめてご自分で私に尋ねてくださればよろしいのに。
「遠慮するのは構いませんけど、適度に散財していただかないとお店が立ち行かなくなっちゃいます!」
「そ、そうね」
ルウの実家は王都に店を構える老舗の商家で、主に装飾品を取り扱っております。客層は王室から貴族、裕福な庶民までと幅広く、私も何度か店舗に立ち寄ったことがあります。
「ネレイデット侯爵家くらいの大貴族なら宝石の一つや二つ、パパッと買ってくれますよぉ?」
実際そうかもしれませんけど。
「リオン様との婚約は近々解消するのよ。だから、そのような贅沢をさせていただくわけにはいかないわ。それに私、本当に何も欲しくないの」
「フラウお嬢様……」
私の表情を見て、ルウは口を噤みました。
最近気が沈みがちな私のためにわざと明るく振る舞ってくれているのです。先ほどの発言も、きっと元気づけようとしてのこと。
侍女に心配をかけるなんて、私は本当に至らない主人です。
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