16 / 36
16話・伯爵家を守る理由
しおりを挟む「婿入りしてくれる人なら誰でもいいの?」
「それが一番重要な条件だもの」
問われて即座に肯定すると、コニスはにんまりと笑みを浮かべました。
「実は、前々からフラウのことが気になってる人がいるんだよね~。私の従兄弟なんだけど」
「従兄弟……もしかして、シエロ様のこと?」
「そう!」
コニスの従兄弟で伯爵家次男のシエロ・ドリアス様。二つ年下の彼とは現在ほとんど接点はありませんが、数年前までは親しく話す間柄だったのです。
シエロ様は弟の友人でしたから。
私の弟ユーグは生まれつき身体が弱く、ほとんど床に臥せっておりました。部屋から出られぬ我が子のために父が知人の息子を招いたのです。年が同じだったこともあり、ユーグとシエロ様はすぐに仲良くなりました。
しかし、八歳になったばかりの頃、ユーグは持病の悪化により帰らぬ人となったのです。葬儀の日以降、シエロ様は我が家に訪れなくなりました。ユーグの死は彼にとっても衝撃的なことでしたから無理もない話です。
「顔を合わせればどうしてもユーグ君の話になっちゃうから遠慮していたんだって。でも、一度疎遠になるとなかなか行きづらいじゃない? だから機会を窺っていたらしいのよ」
「まあ、そうだったの」
「高等部に上がった頃にはもうリオン様と婚約が成立していたし、無闇に声をかけられないって言ってたわ」
貴族学院では学年が二つ違うため、学舎が離れていてほとんど顔を合わすことはありません。たまにすれ違った時にお互い会釈をする程度。
そんなシエロ様が、私のことを気にかけてくださっていたとは全く知りませんでした。
「フラウが休学したって知った時、シエロったら『お見舞いに行かなきゃ!』って大慌てだったのよ。ヴィルジーネ伯爵邸にはいないし、病気でもないから適当に理由つけて止めたけど」
「まあ!」
「だから、もしリオン様と円満に婚約解消できたらシエロを候補に入れてあげてね」
「そうね、円満に婚約解消できたら……」
数日前の私でしたら、婿入り候補者の存在に喜んだことでしょう。ところが、今の私はリオン様との婚約を解消すると考えただけで気持ちが沈んでしまうのです。
亡き弟ユーグの代わりに、私はヴィルジーネ伯爵家を守っていかなくてはならないというのに。
アリエラとコニスが帰った後、入れ替わりでリオン様が客室に訪ねてきました。最初の頃は嫌でしたのに、彼の訪問を心待ちにしている気持ちも確かにあるのです。
気を利かせたルウが退室してしまい、客室で二人きりにされてしまいました。リオン様は出入り口に突っ立ったままです。
「体調は」
「大丈夫です」
「不自由はないか」
「いえ、特に」
短いやり取りの後、じっと正面から見つめられます。初日以来、私に触れたり奥の寝室に足を踏み入れることはしなくなりました。一日の終わりにこうして言葉を交わすだけ。
「婚約解消を撤回する気になったか」
「なりません」
いつもと変わらぬ私の返事を聞き、リオン様は小さく息をついてから踵を返します。
「リオン様」
客室から出て行こうとする後ろ姿を眺めていたら、つい呼び止めてしまいました。振り返ったリオン様はいつもと同じ無表情で、私は頭に血が上るのを感じました。
「どうか早く私を解放してください」
別邸に監禁されてから何度も何度も解放するようにお願いをして、その度に断られてきたのです。
「それはできない」
「どーしてですの!」
いつものように断られた瞬間、私の中で押し込めてきた感情が爆発してしまいました。思わず大きな声を上げ、リオン様に詰め寄ります。
「では、リオン様はヴィルジーネ伯爵家に婿入りしてくださいますの? できないでしょう」
「兄上が戻る保証がない以上、約束はできない」
こんなに感情を乱し、大きな声を出したのは初めてかもしれません。リオン様のお顔はやはり無表情で、必死に訴える私の姿が滑稽に思えてきました。
「でしたら、もう私のことは捨て置いてくださいませ。あなた様以外の、婿入りしてくださる殿方と結婚しますから!」
最後はほとんど自棄になって叫んでいました。言い終えてから肩を上下させて呼吸を整える私に対し、リオン様は低い声で答えます。
「──それだけは許さない」
では、私はどうしたら良いのですか。
何も解決していないというのに、リオン様からの執着に安堵する自分が確かに存在しているのです。
0
《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい
《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法
《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話
《 わんこ営業マン×メガネ敬語総務 》
営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい
《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
お気に入りに追加
682
あなたにおすすめの小説
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】すれ違った結末に、後悔はありません
白草まる
恋愛
ヴェロニカは婚約者のヨアヒムから軽んじられている。
それを見過ごせなかったのがラインハルト王子だった。
しかしヴェロニカは手を煩わせてしまうのも悪いとラインハルト王子の配慮に遠慮する。
それぞれの気持ちはすれ違いながらも必然的な結末へと向かう。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる