5 / 36
5話・寝室での抱擁
しおりを挟む寝室のクローゼットの中から予想外の品を見つけてしまいました。
まるで娼婦が客をその気にさせるために裸体の上に羽織るような、薄い絹で作られた夜着。いえ、実際に目にしたことなどありませんけど。
「もしや、この部屋に女性を呼んでいる……?」
王都の貴族街の中心に建つネレイデット侯爵邸に花街の娼婦を呼べば悪目立ちしてしまいます。
しかし、王都郊外にある別邸ならば女性を呼んでも誰にも見咎められません。リオン様がこの別邸を利用しているのは、つまりそういうことなのではないかしら。
「……なんだかフクザツ」
名ばかりの婚約者で、今日までまともに会話したことすらなかったのです。
リオン様は私より二つ年上。そういったことに興味関心がお有りなのでしょう。結婚前にどなたと何をしていても私には関係ありません。どうせ婚約は解消するのですから。
でも、やはり少しショックかもしれません。
手にした夜着を眺めていると、扉が開く音が聞こえました。きっと先ほどの老メイドが茶器を片付けに来たのでしょう。
しかし。
振り返ると、開け放たれたままの寝室の扉の陰にリオン様の姿が。驚きの表情で私を凝視しております。
「……り、リオン様、これは」
このような破廉恥な夜着に興味を持っているように思われたら心外です。咄嗟に背に隠し、数歩後退して距離を取ります。
リオン様は眉間にシワを寄せ、こちらへと足を進めました。歩み寄るというより、ほぼ小走りくらいの勢いで。思わず怯み、私も更に下がります。
「きゃっ」
後ろ向きに下がったせいか、足に何かが当たって転びそうになりました。倒れかけた私に向かって、リオン様が咄嗟に手を伸ばします。しかし微妙に間に合わず、そのまま二人で後ろに倒れ込んでしまいました。
私が躓いたのは寝室のベッド……ではなく、ベッドの足元に設置されていたフットベンチでした。背もたれのない長椅子のようなもので、あまり柔らかくはありません。そこに仰向けに倒れた私の上にリオン様が覆いかぶさっております。
もしかして、転びそうになった私を助けようとしてくださったのかしら。
「あの、リオン様?」
「…………」
すぐに退いてくださればいいものを、何故かリオン様は動こうとしません。薄暗い寝室内で、まるで押し倒されたかのような体勢です。
こんな風に殿方と接した経験などありません。彼と間近で視線を合わせたのも初めてではないでしょうか。
押し返すには触れねばならず、逃げようにも私の左右にはリオン様が手をついておられるため、下手に身動きが取れません。リオン様から離れてくださらなくては、私はこのままなのです。
「……逃げたのかと」
「はい?」
しばらく無言だったリオン様がぽつりと呟きました。その声は消え入りそうなほど小さく、聞き取るのがやっとなほど。
「あっ」
私の背にリオン様が腕を回し、ぎゅうと抱きしめられました。意外と力が強いのですね、少し苦しいです。あと、細身とはいえ成人済みの殿方に伸し掛かられているので重いです。
……あらっ?
寝室で殿方と抱き合うなんて、もしかしなくても一大事なのでは?
「リオン様、お離しください」
「いやだ」
「どーしてですの!」
いけない、つい声を荒げてしまいました。
耳元で大きな声を出されて怯んだか、拘束が少しだけゆるみ、その隙をついて身をよじります。ところが、ドレスの裾にリオン様が膝をついているため、やはり逃げられません。
「すまない」
どうしたものかと思案していたら、リオン様が上体を起こして離れてくれました。どうやら正気に戻ってくださったようです。
安堵したのも束の間。
「……なんだ、これは」
私の背中から引き抜いたリオン様の手には薄絹で作られた夜着が。
あああああっ!?
先ほど背に隠したまま忘れておりました!
1
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。
朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」
煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。
普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。
何故なら———、
(罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)
黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。
そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。
3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。
もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。
目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!
甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。
「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」
(疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
