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57話・背中を押す言葉
しおりを挟むアルケイミアからの帰国後に王宮へ出仕したルーナは、ラスタだけでなくグレイラッドも交えて話をした。今後どうするか迷っている、というルーナの言葉に、ラスタが待ったをかける。
「わたくしとの約束、お忘れではないですよね? どこかに行かれては困りますわ、ルーナ様!」
約束とは、ラスタが懐妊したら最上級の治癒のハンカチを作って贈る件である。もちろん、ルーナは次期王妃との約束を違えるつもりは毛頭ないし、結婚式にだって参列する気がある。ただ、ようやく自分の出自が明らかになったのだ。故郷を見ておきたいという気持ちもあるし、ゼトワール侯爵家の離れを間借りしたままで良いのかと悩む気持ちもある。
「では、やはり王宮に住み込めばよろしいのよ! わたくし、もっとルーナ様と一緒にいたいですわ。ねえ、殿下」
「しかしだな、ルーナ嬢にも都合というものがある。我が儘を言って困らせてはいかんぞ」
「だって!」
たしなめられ、ラスタは頬を膨らませた。そんな婚約者の様子を愉快そうに眺めながら、グレイラッドが口を開く。
「クレモント侯爵家は罪を償うために多額の金銭を支払ったそうだ。当主は嫡男が継ぎ、引退した先代侯爵夫妻は田舎の領地で蟄居となったらしい。アトラ嬢も田舎の神殿に奉公に出た、と」
「……そうですか」
爵位剥奪とまではいかなかったが、他国の貴族もいる場で罪を明らかにされたのだ。今後しばらく肩身の狭い思いをすることになるだろう。ルーナは申し訳なさを感じていた。
「それはそうと、アルケイミアの王族は何故ティラヘイアから妃を迎えないのかしら。魔力不足などすぐに解決するでしょうに」
ラスタが疑問を口にすると、グレイラッドが意地の悪い笑みを浮かべた。
「他国から妃を迎えたら自国の令嬢が王妃になる機会が失われてしまうからだろう」
「でも、王族の命がかかっているのですよ?」
「命がかかっているから毎度『聖女選定』などという儀式を行い、賄賂を受け取って資格のない令嬢を王妃に仕立て上げているのだ。王族が魔力の供給を必要としなくなれば、聖女など選ぶ必要もなくなるのだからな」
グレイラッドの言う通り、『聖女選定』は王族のためではなく、私利私欲を満たさんとする宰相一族と王宮での発言権を欲する一部の貴族のためだけに続けられてきた。今後、魔力の多いイリアが子を産み、その子が無事に成人して世継ぎとなれば、次の聖女選定は執り行わずに済む。
「それに、ティラヘイアの貴族女性は愛人の座に甘んじることを良しとしないとエクレール伯爵夫人が仰っていました。王妃という立場とはいえ、第一聖女と第二聖女のふたりを娶るアルケイミアのやり方では、きっとティラヘイアの貴族令嬢は納得しないのでしょう」
ルーナの補足に、ラスタが「当たり前ですわ!」と大きく頷いた。
「そういえば、今日はリヒャルトはおらんのだな」
「騎士団のお仕事だそうです」
しばらく談笑した後、グレイラッドがリヒャルトの不在に気付く。リヒャルトはこれまでルーナの外出時に必ず同行しており、先日のアルケイミアでも寝る時以外はずっと一緒に行動していた。
「リヒャルト様には騎士の務めがありますもの。いつまでも私に構っているわけにはいきませんわ」
答えながら、ルーナは伏目がちに微笑んだ。出会ってからというもの、なんだかんだでずっと一緒にいたせいか、いざ離れてみると心許なく感じる。
「ルーナ嬢」
「はい」
不意に名を呼ばれ、ルーナは顔を上げた。グレイラッドから真っ直ぐ見つめられ、思わずたじろぐ。
「アレは相当奥手でな。モテないわけではないのだが、顔と態度が怖いからと縁談がなかなかまとまらんのだ」
「はあ」
アレとは誰のことだろう、とルーナは首を傾げた。話の流れからしてリヒャルトのことを言っているはずだが、ルーナから見たリヒャルトは多少態度は堅いがいつも優しく頼り甲斐のある青年である。普段の無愛想な表情と時折見せる笑顔の差が大きくて魅力的に思えた。
「アレが女性に対して執着した姿など、私もハインリッヒも見たことがなかった。其方が初めてだ」
「で、でも、私は」
そこまで言われ、ようやく話の意図に気付く。戸惑い、しどろもどろになったルーナの手を、ラスタが優しく握った。
「ルーナ様には幸せになる権利があります。もう誰にも遠慮などする必要ありませんわ!」
「ラスタ様」
「そうとも。もちろん、嫌なら別の相手を私が見繕ってやることも出来るがな」
「グレイラッド殿下……」
二人から発破をかけられ、ルーナは自分の気持ちに向き合う決意を固めた。
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