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47話・結婚式前夜の乱

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 結婚式を明日に控え、迎賓館では宴が催された。各国から招いた客人たちに王子と聖女を紹介するためである。

 アルケイミアの王子は魔力が少ないため、これまで公式の場に出ることはほとんどなく、国外へ出たことすらなかった。式の本番を迎える前にお披露目をするという意味合いもある。

 迎賓館の中でも一番広くて豪奢な大広間が会場となる。最奥には壇があり、中央に王子、左右に第一聖女と第二聖女専用の椅子が用意されている。

 場を取り仕切るのは神官長だ。まずは王子の名を読み上げる。大扉から複数の騎士を引き連れた王子が現れ、会場内に歓声と拍手が巻き起こった。アルケイミアの王子ディールモント・グリムザは、ひと言で言い表すと『影のある青年』だった。あまり表に出られないからか肌は青白く、やや長めの暗い髪が更に影を濃くしているように見える。顔立ちは非常に整っており、それが一層彼の印象を儚くさせていた。

 明日執り行われる聖女との結婚式をもって、ディールモントはアルケイミアの国王に即位する。現国王は魔力不足による体調不良が原因で半隠居状態となっており、現在は結界に魔力を吸い上げられない場所で王妃と共に静養しているという。国王不在の間、内政を任されているのは宰相インテレンス卿である。もちろん、前夜祭とも言うべきこの宴にはインテレンス卿も参加している。

 ディールモントが壇上の椅子に腰掛けると、神官長は続けて第一聖女の名を読み上げる。現れた令嬢イリア・ライオネルは、亜麻色の長い髪を結い上げ、春の花を思わせる淡く可憐なドレスに身を包んでいた。彼女は会場内の招待客に笑顔を向け、軽く膝を折って一礼してから王子が待つ壇上へと上がる。そして、右隣の椅子に腰を下ろした。

 次は第二聖女が呼ばれる流れである。

 しかし、神官長はいつまで経っても名を呼ばない。彼は大広間の中央、王子たちが座す壇の手前に立ち、目を閉じて天を仰いでいた。

「どうした、何故アトラを呼ばん!」

 ついに、会場内にいたクレモント侯爵ステュードが声を上げた。怒り心頭といった様子で、ツカツカと神官長の元へと近付いてゆく。手を伸ばせば届く、といったところで騎士が立ちはだかった。ゼトワール隊副隊長ラウリィである。

「閣下、お静かに」

 ステュードはまず邪魔されたことに憤り、次に彼の髪を見て驚く。短く刈られたラウリィの髪は、ステュードがよく知る銀色だったからである。

「父上、下がりましょう」
「あ、ああ……」

 周りの視線を気にしたフィリッドが父親の袖を引き、神官長と銀髪の騎士から遠去とおざける。危うく胸ぐらを掴まれるところだった神官長は安堵の息をつき、額の汗をハンカチで拭った。

 いきどおっているのはステュードだけではない。アトラもだ。彼女は自分の名が読み上げられる瞬間を今か今かと大広間の扉の外で待ち構えていたのだが、一向に呼ばれる気配がない。近くを通り掛かった給仕係に様子を見てこいと命じて苛立ちを発散させていた。

 だんまりを続ける神官長に、会場内も異変に気付いてざわつき始めた。壇上のディールモントは訝しげな面持ちである。

 大広間が混乱に陥る中、壇上のイリアが立ち上がり、片手を掲げて注目を集めた。静まり返った会場をゆっくり見渡してから、イリアは客人たちに向かって語り掛ける。

「お騒がせをして申し訳ありません。明日の婚儀を前に、皆さまにお伝えせねばならないことがございます」

 澄んだ声は張り上げてもいないのに大広間全体に響き渡った。再びざわめきが起き、「もう一人の聖女はどうした」「体調を崩したのでは」「婚儀の前に懐妊でもしたか」などと憶測が飛ぶ。

「私は此度の聖女選定で第一聖女に選ばれたイリア・ライオネル。そして、第二聖女に選ばれたのはアトラ・レフリエル……いえ、今はクレモント侯爵家の養女となりましたので、アトラ・クレモントとお呼びすべきですけれども」

 会場内にはアルケイミアの次期国王たる王子や近隣諸国の王侯貴族もいるため、イリアは敬称を外してくだんの令嬢の名前を読み上げている。

 ようやく自分の名前が出て、アトラはつい扉の隙間から顔を覗かせた。だが、壇上に呼ばれる気配はなく、どういうことかと困惑の表情を浮かべる。そして、客人たちの視線が壇上のイリアに集中している隙に中へと入り、こそこそと父親であるクレモント侯爵ステュードと異母兄フィリッドのそばへと向かった。

「本来、私と共に聖女としてこの場に立つべき人物はアトラではありません。……ルーナ・クレモントです」

 イリアに名を呼ばれたルーナは大広間の隅からフロアの中央へと歩み出て、目深まぶかに被っていた女性神官用のローブを脱いだ。美しく結われた銀の髪があらわになり、アルケイミアの貴族からどよめきが起こる。

「あれはクレモント侯爵家の……」
「不審火で亡くなったのではなかったか」
「ならず者に誘拐されたと聞いたが」
「自ら火を付けて自殺を計ったのでは」

 王都中心部で起きたクレモント侯爵家の離れの火災はみな知っている。その火災の後からぱったりと姿を見せなくなった令嬢についても様々な噂が流れていた。

 宴にはもちろん最終選定まで残った聖女候補の令嬢たちも参加しているが、ルーナが不正を疑われた件は一切話題に上がっていない。恐らく神官長が良からぬ噂を流さぬようにと言い含めておいたのだろう。

 ひそひそと囁く声の渦の中、凛と背筋を伸ばして立つルーナ。彼女の後ろにはシュベルトの紋章をあしらったマントを羽織り、騎士服の胸元に複数の勲章を付けた正装姿のリヒャルトが立っている。彼の放つ威圧がルーナのそばに誰も寄せ付けぬ壁となっていた。



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