【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
46 / 58

46話・私がやります

しおりを挟む

 神官長の執務室から戻ったルーナ達は王子やラスタ、そしてゼトワール隊の面々と共に客室に集まった。

「ふむ、宰相が怪しいのだな」
「まず間違いなく聖女選定に絡んでいるでしょう」

 ハインリッヒから詳しく話を聞きながら、王子が顎に手を添えて唸る。

「王族の婚姻に重臣が口を出すこと自体は珍しくはないが、この件に限っては事情が異なる。下手をすれば命に関わるのだからな」

 王子とラスタの婚約関係も、ひと言で表せば政略結婚だ。幼少期に引き合わされた瞬間から相思相愛で、今は自分たちの意志で結婚したいと決めているから何の問題もないのだが。

 アルケイミアの王族、特に直系の男子は魔力量が少ない。故に、ある程度成長するまでは隔離された部屋から出ずに過ごしているという。国を守る結界維持に魔力を吸い上げられないようにするためだ。でなければ、すぐに魔力が枯渇して衰弱してしまう。公務に携わるようになれば閉じこもっているわけにはいかない。だからこそ他から魔力を補う必要があり、その役割を持つ存在が聖女と呼ばれるのである。

 聖女候補の選出には幾つか条件がある。

 貴族の令嬢であること。
 一定以上の魔力を持つこと。
 品格と教養を備えていること。

 もちろん、一番重要な条件は『魔力の量』だ。他が幾ら優れていたとしても、魔力が少ない者は絶対に選ばれない。

「宰相が直接審査したり口出ししたりしたわけではないのだろう?」
「神官長殿の話では、どうやら選定官が買収されているようだ、と。最悪、神官長殿以外のほとんどが宰相の思惑通りに動いている可能性が高いとのことです」

 問われたハインリッヒが難しい顔で答えると、王子は乾いた笑いをこぼした。

「なんと。そこまで徹底するのなら神官長も買収してしまえば良いのに」
「神官長殿は職務に忠実というか、真面目というか、頑固な性格のようでして、そんな話を持ち掛けたら間違いなく激昂するでしょう」
「おまえに似ておるではないか」
「はあ、恐縮です」

 ハインリッヒから事の次第を伝えられた王子はにんまりと愉快そうに笑った。また何か悪いことを考えてらっしゃる、と居合わせた家臣たちは冷や汗を流す。

「よし! アルケイミアの宰相の悪事、この私が見事に一刀両断してやろうではないか!」

 言うと思った、と全員が溜め息をつく。そんな中で、ただ一人ルーナだけが「なりません!」と大きな声で反対した。

「グレイラッド殿下はラスタ様と共にシュベルトを背負う御方おかた。反感や恨みを買うような振る舞いは極力お控えください」

 もしアルケイミアから敵視されれば両国の友好関係にヒビが入ってしまう。国境を接している国同士に諍いが起きれば国民に類が及ぶ。
 いつもは気弱なルーナが毅然とした態度で意見を述べている。全員の視線が銀髪の令嬢に釘付けとなった。

「私はみずからの意志で出奔した身。失うものなど何もありません。私がやります」

 しん、と静まり返った客室内。しばらくして、小さな拍手が聞こえてきた。ラスタだ。彼女はルーナの言葉にいたく感激したらしく、目の端に涙を浮かべている。

「殿下とわたくしの立場を考えてくださって。ルーナ様、なんてお優しい……」

 ラスタに続き、ゼトワール隊の騎士たちからも拍手が巻き起こった。特にディルクがやかましく、リヒャルトから脇腹に肘鉄を喰らって強制的に大人しくさせられていた。

「とはいえ、証拠はないのだろう? あちらも長年宰相を務めているだけあってやり手の政治家だ。疑念をぶつけるだけでは言いくるめられてしまいだぞ」

 王子の意見はもっともだ。当然ルーナも考えなしに行動するつもりはない。

「私の親友が証拠を集めてくれております」

 ルーナはにこりと微笑んでみせた。

「それと、私もやらねばならないことがあります」








 同時刻。ラウリィはアルケイミアの王宮の回廊を歩いていた。若く凛々しい銀髪の騎士が歩く姿を見つけ、サロンでお茶会をしていた貴婦人たちがどよめく。

「もし。貴方、どちらのお国のかた?」
「隣のシュベルトから参りました。主人あるじはぐれてしまい、難儀しております」

 銀髪の騎士が見せた憂いを帯びた表情に、その場にいた全員が胸を高鳴らせた。

「まああ、それは心細いでしょう。よろしければ、こちらで少し休憩していってくださいな」
「いえ、任務中ですので」
「遠慮なさらないで。さあ」

 ついにサロンの中にいた貴婦人がみな回廊に出て、ラウリィの腕を掴んで中へと引きずり込もうとする。そこへ王宮警備の兵が駆け付けてきた。アルケイミアの貴族だけではなく、近隣諸国から招かれた貴族の夫人や令嬢もいるため、厳しく取り締まることができない。少しでも見目が良い兵士はラウリィの巻き添えを食い、ちょっとした騒ぎとなった。

 ティカは王宮勤めの侍女服に身を包んで一人で廊下を歩いていた。目立つ褐色肌はおしろいで隠している。至近距離で見られない限り見破られることはないだろう。

「ここですね」

 ティカは幾つかある扉の一つの前で立ち止まった。

 他より重厚な造りの大きな扉の向こうには宰相の執務室がある。現在インテレンス卿は他国の宰相たちを招き、大広間で歓談中だと事前に調査済みだ。普段は警備の兵が複数廊下を行き来しているが、今は階下での騒ぎに駆り出され、最低限の人員しかいない。

「待て。宰相閣下の部屋に何の用だ」

 呼び止められたティカは深々と頭を下げ、被せていた布を外してうやうやしく籠を掲げてみせた。

「先ほど閣下から頼まれまして、お部屋の清掃に参りました。お出掛けの前に茶器を落としてしまったそうで」

 籠の中身は雑巾や割れ物を入れるための容器などである。中身をあらためた兵は「入って良し」と許可を出した。礼を言って中へと入ったティカは、先ほどまでのしおらしさなど微塵もない悪い笑みを浮かべる。

「さあて、ルーナお嬢様の期待に応えなくちゃ」

 扉に内鍵を掛け、持っていた籠を床に置く。腕まくりをして気合いを入れると、ティカは真っ先に執務机の中をあさり始めた。



しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

御曹司の執着愛

文野多咲
恋愛
甘い一夜を過ごした相手は、私の店も家も奪おうとしてきた不動産デベロッパーの御曹司だった。 ――このまま俺から逃げられると思うな。 御曹司の執着愛。  

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...