【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢

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43話・アルケイミアへ

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 シュベルト王子グレイラッド・サンティエーレ、その婚約者ラスタ・グリューエンの侍女に扮し、ルーナはアルケイミアの地へと入った。

 国境での検問は先頭を行くハインリッヒがアルケイミアから届いた招待状と王家発行の通行証を見せただけで人員や荷物をあらためられることすらない。

 ちなみに本来の護衛に加え、リヒャルト率いるゼトワール隊も同行している。完全にリヒャルトの超個人的な理由での任務となるが、隊員は誰も文句を言わずに着いてきている。ハインリッヒも初めは苦言を呈していたが、弟の我が儘を聞いてやりたかったのか各方面に話を通して許可を得た。

「久々の故郷だ。懐かしいか?」
「いえ。物心ついた頃からこの年齢になるまで王都から出たことがありませんでしたので。出奔の際は深夜に馬で駆けたため、景色もほとんど見えなくて」

 王子からの問いに答えながら、ルーナは馬車の窓から見える風景を新鮮な気持ちで眺めた。

「こんなに綺麗な風景でしたのね」

 他国との交易に使われる街道は整備されており、視界に映る景色は美しい。人が住む場所や街道には結界が張られ、魔獣の脅威から守られている。故に、人々は安心して暮らしているようだった。

 シュベルトの王子一行は馬車でゆっくり街道を南下し、国境から約一日掛かりでアルケイミアの王都に到着した。

 招待客には王宮内に建つ迎賓館に客室が用意され、連れて来た家臣にも専用の部屋が与えられる。ティカはラスタの専属侍女たちに混ざって使用人用の大部屋を利用し、ルーナは何故かラスタと共に客室に泊まることになった。ラスタが「ルーナ様と一緒がいい」と駄々をこねたからである。今回は彼女にとって初めての外遊となる。心細いのだろうと察し、ルーナは二つ返事で了承した。

 しかし、ゆっくり荷解きする間もなく神官長からの使いがルーナを呼びに来た。

 大神殿に勤める女性神官はローブで頭から上半身を覆い隠している。ルーナもローブを借りて髪を隠し、大神殿へと向かった。もちろんリヒャルトとラウリィが護衛、ハインリッヒがシュベルト側の外交担当として同行している。

 大神殿の奥にある部屋に通され、ルーナとハインリッヒは来客用のソファーに並んで腰を下ろした。どうやら神官長の執務室のようで、壁際の書棚には古めかしい教典や祭事録がずらりと収まっている。

 四人を出迎えた神官長は案内の神官が退室してからルーナのそばに駆け寄り、膝をついて頭を下げた。

「ルーナ嬢、あなたにはどんなに詫びても足りぬ。申し訳なかった」
「し、神官長さま! 頭を上げてください!」

 アルケイミアの祭祀を司る最高責任者である神官長に平伏され、ルーナは慌ててソファーから降りた。神官長の前に跪き、なんとか立たせようとする。肩に手を触れようとしたが、男性恐怖症の名残りで出来ず、中途半端に伸ばした手が宙を彷徨うだけに終わる。

「神官長殿、ルーナ嬢が困っております。そのままではお話が伺えません。どうかお座りください」

 ハインリッヒが促すと、神官長はようやく立ち上がり、向かいのソファーに腰を下ろした。

「ゼトワール侯爵閣下、お見苦しい姿をお見せしました。申し訳ない」
「いや、私は無理やり同行したに過ぎない。どうしてもルーナ嬢のことが気掛かりでね」

 ルーナ嬢を一番気に掛けているのは後ろに控えている我が弟なんだけれど、とまではハインリッヒは口に出さなかった。

「心配なさるのも無理のない話でしょう。私はルーナ嬢の名誉を不当に傷付けた張本人です。本来ならば神官長の職を辞さねばならぬほどの大罪人ですので」
「そんな、そこまでのお話では……」

 反省の言葉を述べる神官長に思わずルーナが口を挟むが、神官長は片手を挙げて制した。

「ルーナ嬢。私に不正の疑いをかけられ、聖女候補の資格を剥奪された後、あなたがどのような目に遭われたか存じております」
「え……」
「だからこそ、出奔の報を聞いた時は納得しました」

 俯いていた神官長が視線だけをルーナに向け、再会してから初めて口元をゆるめた。

「ならば、なぜ追っ手を出したのですか。ルーナ嬢はアルケイミアに見切りをつけ、シュベルトで平穏に暮らしていたというのに」

 本来ならばリヒャルトが問いたいであろうことを、ハインリッヒが代わりに問いただす。

「どこか知らぬ地で困窮していたらと思い、出奔したと聞いてすぐに探させました。まさか、ゼトワール侯爵閣下のもとに身を寄せているとは予想すらしておりませんでした」

 それは確かにそうだ、と誰しも納得する。しかし、ハインリッヒはもう一歩踏み込んだ。

「自分たちでは見つけられないと悟った後、すぐ我が国に協力要請しましたね。貴族令嬢の家出に仰々し過ぎます。謝罪以外にも理由がお有りなのでは?」

 すると、神官長は一度小さく息を吐き出した後、意を決したように口を開いた。

「それは、ルーナ嬢が誰よりも聖女の資格を有した御方だと……ディールモント殿下の伴侶に相応しい御方であると判明したからです」
「なんだと?」

 話の内容に反応したのは当のルーナではなく後ろに控えていたリヒャルトだった。即座にハインリッヒが振り返って睨み、黙らせる。

 そのやり取りを隣で眺めていたラウリィは、また面倒な話になりそうだと嘆息した。




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