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42話・新たな疑問
しおりを挟むシュベルトの王宮に出仕したルーナは先日訪れた離宮へと通された。どうやらこの離宮はラスタが王宮で過ごすために用意された場所らしく、普段はここに講師を招いて王妃教育を受けているという。
講師はまず近隣諸国との関係について説明を始めた。
シュベルトは来るもの拒まずの姿勢を取っており、他国からの移住者を多数受け入れている。特に、ティラヘイアの内乱時には亡命者を受け入れ、生活の支援などを積極的に行った。治安があまり良くないと評判の連合国ルクタティオからも少なからず国民の流出があり、外交面で揉めることもあるという。
「シュベルトは寛容なお国柄ですのね」
ルーナが感心すると、講師は我が事のように誇らしげに胸を張った。
「シュベルトは新たな文化や人材を歓迎しております。良いものはなんでも柔軟に取り入れて国を大きくしていったのです」
「おかげで私も救われましたもの。素晴らしいことですわ」
「ルーナ嬢が来てくださったことこそがシュベルトにとって最も喜ばしいと言えましょう」
「まあ!」
講師のお世辞にルーナは思わず笑みをこぼした。
「次はアルケイミアの王族の婚儀に参加されるということですので、まずはアルケイミアの歴史についておさらい致しましょう」
国境を接しているとはいえ、アルケイミアとシュベルトでは国を維持する仕組みが異なっている。風習や礼儀作法の違いを事前に知っていれば問題を起こす可能性が減らせるからだ。
ルーナはついこの間までアルケイミアで生活していた身。講師が語る内容は一般常識として当然知っている。
「ルーナ様、なぜ聖女は二人も選ばれるのかしら」
講義の合間に、ラスタが小声でルーナに問いかけてきた。
「王子の魔力を補うには、一人だけでは負担が大きいからだと教わりました」
「でも、二人とも王妃になるのよね? 問題とか起きないのでしょうか」
「さあ。私には分かりかねます」
もし何事もなく聖女選定を終えていれば、ルーナは第一聖女イリアに次いで第二聖女に選ばれていた。王子に嫁ぎ、二人とも王妃となる予定だった。つまり、ラスタは『もう一人の王妃に嫉妬しないのか』と聞きたいのだろう。
「シュベルトでは王妃は一人と決まっておりますが、他国では一夫多妻という例もありますよ。ルクタティオのとある部族では首長の妻が十人いるとか」
「まああ、信じられませんわ! もし殿下が他の女性も妻に迎えると言ってきたら、わたくし絶対許しませんもの」
「近い将来そういった文化がシュベルトに根付くかもしれませんよ? ラスタ様」
「そんなの嫌よ」
講師の解説に驚くラスタを横目で見ながら、ルーナは考え込んだ。
聖女に選ばれて終わりではない。どちらがより寵愛を受けるか。どちらが先に世継ぎを産むか。どちらの子が優秀かと競い合うことになるだろう。本人同士に争うつもりがなくても生家が口を出す場合もある。
実際その状況に置かれてみなければ分からない、というのがルーナの本音だった。そもそも聖女とは役職のようなもの。王子に対する敬意はあれど愛情はない。聖女となり、婚姻を結んでから育むものである。そう考えると、聖女選定の仕組みが歪に思えてきた。それが当たり前の環境で育ってきたからか、ルーナは疑問に思ったことすらなかったのだ。
「でも、不思議よね」
「え?」
ラスタが首を傾げ、ルーナに再び問い掛ける。他意はなく、純粋に疑問に思ったのだろう。
「代々魔力が多い聖女と結婚しているのに、どうしてアルケイミアの王族はずっと魔力が少ないままなのかしら」
無邪気な問いに、ルーナは何も答えられなかった。
魔力の有無は遺伝や個人の資質によって決まる。アルケイミアの貴族が敬われている理由は魔力によって結界を維持し、魔獣の脅威から民を守っているからだ。
貴族の最たる存在であるはずの王族、特に直系の男子はみな魔力量が限りなく低い。結界維持に貢献するどころか、逆に他者から補充せねば生きながらえることすら難しい。
聖女選定の儀は今から数百年前、ティラヘイアから結界の魔導具を輸入した後に始まった国儀である。
次期国王となる王子が成人するたびに魔力量の多い女性を娶っているはずなのに、なぜ王族の男性はずっと魔力が低いままなのか。
新たな疑問に、ルーナは困惑するしかなかった。
王宮から帰る際はゼトワール侯爵家の馬車が迎えに来る。離宮に横付けされた馬車から降りてきた青年を見て、ルーナは驚いた。
「リヒャルト様、迎えに来てくださったんですか」
「俺はいま非番だからな」
「ありがとうございます、嬉しいです」
しばらく任務がないらしく、リヒャルトは今朝も出発時に見送りに来ていた。休暇中なのに手を煩わせて申し訳ないという気持ちと嬉しい気持ちが混ざり合い、ルーナはぎこちなく笑う。すると、すぐにリヒャルトが気付いた。
「慣れぬ場所で疲れたか」
「いえ。ラスタ様とご一緒させていただきましたので、とても楽しく過ごせました」
「そうか」
短い会話が終わり、馬車の中に沈黙が流れる。互いに口数が多くないため、無言の時間は避けられない。
ふと、リヒャルトの袖口に小さな綻びを見つけ、ルーナは手を伸ばした。
「どこかに引っ掛けたのですか」
「昼間に鍛錬場でな。すっかり忘れていた」
「よろしければ、離れに着いた後で繕わせてください。すぐに終わりますから」
「ああ、済まない。任せる」
ルーナと共に過ごす口実が出来て、リヒャルトは嬉しく思った。どうせならもっと派手にシャツを破っておけば良かった、などと考えてしまうくらいには。
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