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32話・もう一組の追っ手
しおりを挟む「君たちに報告がある」
珍しくラウリィが深刻そうな様子でゼトワール侯爵家の離れを訪ねてきた。いつもの四人で客室内のテーブルを囲み、話を聞く。
「実は、アルケイミアからの追っ手は二組存在していることが判明した。一組は先日話した通り、アルケイミアの神官長からの依頼で『銀の髪の少女』を探していた騎士数名。彼らはアルケイミアに戻ったと国境警備担当の隊から報告があった」
以前暮らしていた街で遭遇したアルケイミアの騎士たちである。その時はラウリィが追い払い、ルーナは間一髪のところで難を逃れた。
「別の追っ手がいるのですか」
「ああ。ここ数日の間にシュベルト国内に入り、捜索を始めたばかりのようだ」
ルーナの問いにラウリィが頷く。表情は険しい。ちらりとティカに視線をむけてから、彼は話を続けた。
「もう一組の追っ手は騎士ではなく私兵だ。彼らから聞き出した話では、依頼した人物はクレモント侯爵家の当主。そして、探している人物は『黒髪褐色肌の女』……依頼主や状況から見て、ティカのことだと考えて間違いないと思う」
ラウリィの報告に、ルーナが顔色を青くした。
「お父様は、ティカを探しているのですか」
神官長はルーナを。
クレモント侯爵はティカを。
父親ならば、真っ先に娘であるルーナを探すべきではないのか。突然姿を消した娘の身を案じてはいないのか、とルーナは複雑な気持ちになった。
「では、ティカもあまり外に出ないほうがいいですよね。危ないですもの」
「クレモント侯爵家の追っ手は国境近辺の街や村を探し回っていて、まだ王都には入ってきていない。一応見張りをつけているから、動きがあれば報告が来る手筈になっているよ」
それに、とラウリィは説明を続ける。
「あまり多くはないけれど、褐色肌の人はシュベルト国内のあちこちにいるから個人を見つけ出すのは難しい。ルーナ嬢の銀髪のほうが珍しいくらいだよ」
街中でもちらほらと褐色の肌をした人を見掛けた経験があり、ルーナはホッと胸を撫で下ろした。アルケイミアではほとんど居なかったが、シュベルトではあらゆる人種が混在して生活をしているようだった。入国の際の検問もそこまで厳しくなかったと思い出す。きっと寛容な国柄なのだ、とルーナは納得した。
一方のティカは呆れたように肩をすくめ、小さく息をついている。驚いた様子はない。恐らく彼女はある程度予想していたのだろう。
「今回の件はアタシがお嬢様を唆したせいだ、と旦那様は考えてらっしゃると思いますよ。まあ実際その通りなので、捕まったら即処刑されるでしょうね」
なんてことのない話のように、ティカは淡々と見解を口にする。処刑と聞き、ぐらりとよろめくルーナの背をリヒャルトが咄嗟に駆け寄って支えた。
「申し訳ありません、リヒャルト様」
「いや。大丈夫かルーナ嬢」
「大丈夫です、ただ私、驚いてしまって」
気丈に振る舞いながらも、ルーナの顔色は真っ青だ。平常心を保とうとするルーナを尊重し、リヒャルトは名残惜しそうに手を離して自分の席へと戻った。
「アタシが何も言わなければ、お嬢様はどんなに酷い目に遭わされても逃げなかった。アタシのせいで宰相様との政略結婚が取り止めになったんです。旦那様はさぞお怒りでしょう」
「私の意志で逃げると決めたのです。ティカは何も悪くないわ!」
「そうだ。ティカは間違ったことはしていない」
ルーナが発した否定の言葉にラウリィも同意する。
「君は覚悟の上で逃亡生活を送っていたのか」
「はい。アタシは最初からそのつもりでした」
貴族の令嬢を無断で親元から連れ出した罪は重い。どのような理由があろうと、例えルーナ本人の同意があったとしてもティカは罰せられるだろう。雇い主である侯爵家に泥を塗ったのだ。捕まれば命の保証はない。
だが、ティカは自分の命よりルーナを自由にする道を選んだ。もし追っ手に捕まりそうになれば自ら囮となり、ルーナだけを逃すことも厭わないだろう。
凛としたティカの態度に、この場にいる誰もが目を奪われた。
「ティカ」
ラウリィが椅子から立ち上がり、ティカが座る椅子の傍らに膝をつく。腕を伸ばし、ティカの手を取った。
「僕は君の覚悟に胸を打たれた。ルーナ嬢だけでなく君も護ると誓おう」
そのままティカの指先に唇を寄せるラウリィ。これはシュベルトの騎士が誓いを立てる時の作法である。仰々しい物言いと態度に、ティカは慌てて手を引っ込めた。
「あっアタシはただの侍女ですよ! 騎士様にそこまでして守っていただく価値なんかありませんから!」
「価値があるかどうかは僕が決めることだ」
「ルーナお嬢様を守っていただくだけで十分なんですけど!」
その後、ティカは何度も手を取ろうとするラウリィから走って逃げていた。水仕事で荒れた手指を見られたくないという気持ちもあったかもしれない。客室内で追いかけっこをする二人を見て、ルーナとリヒャルトがくすりと笑う。
「良い友を持ったな」
「ええ。私の自慢の友人ですの」
ティカの覚悟を聞き、胸を打たれたのはラウリィだけではない。ルーナもだ。彼女の忠義と献身に見合う人間にならなくては、と改めて心に誓った。
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