【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
32 / 58

32話・もう一組の追っ手

しおりを挟む

「君たちに報告がある」

 珍しくラウリィが深刻そうな様子でゼトワール侯爵家の離れを訪ねてきた。いつもの四人で客室内のテーブルを囲み、話を聞く。

「実は、アルケイミアからの追っ手は二組存在していることが判明した。一組は先日話した通り、アルケイミアの神官長からの依頼で『銀の髪の少女』を探していた騎士数名。彼らはアルケイミアに戻ったと国境警備担当の隊から報告があった」

 以前暮らしていた街で遭遇したアルケイミアの騎士たちである。その時はラウリィが追い払い、ルーナは間一髪のところで難を逃れた。

「別の追っ手がいるのですか」
「ああ。ここ数日の間にシュベルト国内に入り、捜索を始めたばかりのようだ」

 ルーナの問いにラウリィが頷く。表情は険しい。ちらりとティカに視線をむけてから、彼は話を続けた。

「もう一組の追っ手は騎士ではなく私兵だ。彼らから聞き出した話では、依頼した人物はクレモント侯爵家の当主。そして、探している人物は『黒髪褐色肌の女』……依頼主や状況から見て、ティカのことだと考えて間違いないと思う」

 ラウリィの報告に、ルーナが顔色を青くした。

「お父様は、ティカを探しているのですか」

 神官長はルーナを。
 クレモント侯爵はティカを。

 父親ならば、真っ先に娘であるルーナを探すべきではないのか。突然姿を消した娘の身を案じてはいないのか、とルーナは複雑な気持ちになった。

「では、ティカもあまり外に出ないほうがいいですよね。危ないですもの」
「クレモント侯爵家の追っ手は国境近辺の街や村を探し回っていて、まだ王都には入ってきていない。一応見張りをつけているから、動きがあれば報告が来る手筈になっているよ」

 それに、とラウリィは説明を続ける。

「あまり多くはないけれど、褐色肌の人はシュベルト国内のあちこちにいるから個人を見つけ出すのは難しい。ルーナ嬢の銀髪のほうが珍しいくらいだよ」

 街中でもちらほらと褐色の肌をした人を見掛けた経験があり、ルーナはホッと胸を撫で下ろした。アルケイミアではほとんど居なかったが、シュベルトではあらゆる人種が混在して生活をしているようだった。入国の際の検問もそこまで厳しくなかったと思い出す。きっと寛容な国柄なのだ、とルーナは納得した。

 一方のティカは呆れたように肩をすくめ、小さく息をついている。驚いた様子はない。恐らく彼女はある程度予想していたのだろう。

「今回の件はアタシがお嬢様をそそのかしたせいだ、と旦那様は考えてらっしゃると思いますよ。まあ実際その通りなので、捕まったら即処刑されるでしょうね」

 なんてことのない話のように、ティカは淡々と見解を口にする。処刑と聞き、ぐらりとよろめくルーナの背をリヒャルトが咄嗟に駆け寄って支えた。

「申し訳ありません、リヒャルト様」
「いや。大丈夫かルーナ嬢」
「大丈夫です、ただ私、驚いてしまって」

 気丈に振る舞いながらも、ルーナの顔色は真っ青だ。平常心を保とうとするルーナを尊重し、リヒャルトは名残惜しそうに手を離して自分の席へと戻った。

「アタシが何も言わなければ、お嬢様はどんなに酷い目に遭わされても逃げなかった。アタシのせいで宰相様との政略結婚が取り止めになったんです。旦那様はさぞお怒りでしょう」
「私の意志で逃げると決めたのです。ティカは何も悪くないわ!」
「そうだ。ティカは間違ったことはしていない」

 ルーナが発した否定の言葉にラウリィも同意する。

「君は覚悟の上で逃亡生活を送っていたのか」
「はい。アタシは最初からそのつもりでした」

 貴族の令嬢を無断で親元から連れ出した罪は重い。どのような理由があろうと、例えルーナ本人の同意があったとしてもティカは罰せられるだろう。雇い主である侯爵家に泥を塗ったのだ。捕まれば命の保証はない。

 だが、ティカは自分の命よりルーナを自由にする道を選んだ。もし追っ手に捕まりそうになればみずかおとりとなり、ルーナだけを逃すこともいとわないだろう。

 凛としたティカの態度に、この場にいる誰もが目を奪われた。

「ティカ」

 ラウリィが椅子から立ち上がり、ティカが座る椅子の傍らに膝をつく。腕を伸ばし、ティカの手を取った。

「僕は君の覚悟に胸を打たれた。ルーナ嬢だけでなく君もまもると誓おう」

 そのままティカの指先に唇を寄せるラウリィ。これはシュベルトの騎士が誓いを立てる時の作法である。仰々しい物言いと態度に、ティカは慌てて手を引っ込めた。

「あっアタシはただの侍女ですよ! 騎士様にそこまでして守っていただく価値なんかありませんから!」
「価値があるかどうかは僕が決めることだ」
「ルーナお嬢様を守っていただくだけで十分なんですけど!」

 その後、ティカは何度も手を取ろうとするラウリィから走って逃げていた。水仕事で荒れた手指を見られたくないという気持ちもあったかもしれない。客室内で追いかけっこをする二人を見て、ルーナとリヒャルトがくすりと笑う。

「良い友を持ったな」
「ええ。私の自慢の友人ですの」

 ティカの覚悟を聞き、胸を打たれたのはラウリィだけではない。ルーナもだ。彼女の忠義と献身に見合う人間にならなくては、と改めて心に誓った。


しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

21時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!

友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」 婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。 そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。 「君はバカか?」 あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。 ってちょっと待って。 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!? ⭐︎⭐︎⭐︎ 「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」 貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。 あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。 「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」 「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」 と、声を張り上げたのです。 「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」 周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。 「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」 え? どういうこと? 二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。 彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。 とそんな濡れ衣を着せられたあたし。 漂う黒い陰湿な気配。 そんな黒いもやが見え。 ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。 「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」 あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。 背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。 ほんと、この先どうなっちゃうの?

【4/5発売予定】二度目の公爵夫人が復讐を画策する隣で、夫である公爵は妻に名前を呼んでほしくて頑張っています

朱音ゆうひ
恋愛
政略結婚で第一皇子派のランヴェール公爵家に嫁いだディリートは、不仲な夫アシルの政敵である皇甥イゼキウスと親しくなった。イゼキウスは玉座を狙っており、ディリートは彼を支援した。 だが、政敵をことごとく排除して即位したイゼキウスはディリートを裏切り、悪女として断罪した。 処刑されたディリートは、母の形見の力により過去に戻り、復讐を誓う。 再び公爵家に嫁ぐディリート。しかし夫が一度目の人生と違い、どんどん変な人になっていく。妻はシリアスにざまぁをしたいのに夫がラブコメに引っ張っていく!? ※タイトルが変更となり、株式会社indent/NolaブックスBloomで4月5日発売予定です。 イラストレーター:ボダックス様 タイトル:『復讐の悪女、過去に戻って政略結婚からやり直したが、夫の様子がどうもおかしい。』 https://nola-novel.com/bloom/novels/ewlcvwqxotc アルファポリスは他社商業作品の掲載ができない規約のため、発売日までは掲載していますが、発売日の後にこの作品は非公開になります。(他の小説サイトは掲載継続です) よろしくお願いいたします!

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

処理中です...