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21話・新たな滞在先
しおりを挟む説教が終わった後ルーナとティカは騎士団の詰め所から辞そうとするが、ラウリィに引き止められた。
「ちょっと待って。どこ行くつもり?」
「どこって、宿を探しにですけど」
とっくに日は落ちている。とりあえず今夜は適当に宿を取り、今後の予定を考えなくてはならない。この街に居着くか、更に遠くに行くか。どちらにせよ、ラウリィとリヒャルトに相談せねばならなくなってしまったが。
「じゃあ騎士団が懇意にしてる宿屋にする? そこなら部屋も確実に空いてるし、警備もしっかりしてるから」
遅い時間のため、手頃な宿は既に埋まっている可能性がある。騎士団関係者がよく使う宿屋ならば安心して利用できるが、監視下に置かれるという意味でもある。一度逃げられた前科があるからか、ラウリィは完全に自由にさせるつもりはないようだ。
「疲れただろう。ほら、送っていくよ」
エスコートするためにラウリィが肩に腕を回すが、ルーナは反射的に彼の手を振り払った。明確な拒絶の態度に、和みかけていた場の空気が再び強張る。
「ご、ごめんなさい。私……」
我に返ったルーナの顔は真っ青だった。彼女自身も何故そんな真似をしてしまったのか分からず戸惑っているようで、咄嗟にティカが間に割り込む。
「すみません、ルウは疲れているみたいで」
「僕こそ許可なく触れてすまなかった」
もう触らないと示すため、ラウリィは両の手のひらをルーナに向けて謝罪した。彼の表情がやや引きつっているのは女性から拒絶された経験がないからかもしれない。お互いなんとなく気不味くなり、動けなくなる。
重い空気など知ったことかと言わんばかりに、今度はリヒャルトがルーナの手を掴んだ。思いのほか細い手首に一瞬動きを止めるが、リヒャルトはそのままルーナの手を引いて歩き出す。
「宿屋より俺の家のほうが近い。来い」
「でも」
「ラウリィはそっちの女を連れてこい」
扉から出ていく二人をラウリィとティカが追い掛ける。詰め所の外には騎士団の馬車が待機しており、リヒャルトは中にルーナを押し込んだ。すぐにティカも乗り込む。
「荷物は馬と一緒に僕が運んであげるよ」
「お、お願いします」
馬の手綱を掴んだラウリィが窓越しに声を掛けてくる。とにかく今は従うしかないと割り切り、ルーナとティカは座席に腰を下ろした。
動き出して数分も経たないうちに何処かの屋敷の前で馬車は止まった。夜遅い時刻にも関わらず、門から玄関に至るまでの道には明かりが灯されており、よく手入れされた花木が見えた。外から扉が開かれ、降りるようにと促される。
「ここは……」
「俺の家だ」
「リヒャルト様の?」
馬車から降り、目の前に建つ屋敷を見上げるルーナとティカ。あまり大きくはないが、立派な造りの邸宅である。夜中だからか出迎えはない。玄関先はしんと静まり返っていた。
「ここはリヒトんちの別邸なんだ。街の宿屋よりは居心地いいと思うよ」
普通の民家を予想していたルーナとティカは、まさかの立派な屋敷に驚きを隠せずにいた。そもそも、リヒャルトはただの騎士ではなかったのか。別邸ということは本邸もあるのか。様々な疑問が入り乱れ、混乱するルーナにラウリィが更に追い打ちをかける。
「シュベルトの騎士は貴族の跡取り以外の男がなる慣わしなんだ。アルケイミアでは違うの?」
「ええ、基本的に我が国の貴族は危険なお仕事には就きません。貴族以外の武芸に秀でた者が騎士を務めております」
アルケイミアの安全は貴族のみが持つ魔力によって維持管理されている。故に、魔力の提供こそが最も重要な役割となる。シュベルトでは直接魔獣を討ち倒して民や領地を守ることが貴族の役割である。国が違えば貴族や騎士の在り方も変わるということだ。
リヒャルトとラウリィが荷物を運び、ルーナたちは彼らの後ろについて屋敷内へと入る。屋敷の外観からすれば質素な内装である。等間隔に灯されたランプの明かりを頼りに薄暗い廊下を進んでいく。一階の一番奥、ちょうど玄関フロアの真裏に当たる部屋がルーナたちに当てがわれた客室だ。
「控えの間に大抵のものは揃っている。今夜は他に誰もいない。斜向かいに厨房があるから好きに使え」
「厨房の奥に水瓶があるからね。茶葉とティーセットはこの棚。食器はこっち」
扉の前で、リヒャルトとラウリィが簡単に説明する。貴族の屋敷の造りに大した違いはない。ティカが素早く控えの間と奥の寝室に入り、過不足がないことを確認する。
「今夜はゆっくり休め。では」
「おやすみ。また明日ね」
踵を返して廊下の向こうに立ち去る二人の青年の背を、ルーナとティカはただ黙って見送った。展開が早過ぎて理解が追いつかない。
「とりあえず、休ませてもらいますか」
「そうね」
二人きりになって緊張の糸が解れていく。明日のことは明日考えよう、と思考を切り替えた。
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