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17話・消えた傷の謎
しおりを挟む騎士団の拠点で再会した青年は顰めっ面でルーナを睨みつけている。御礼というのは単なる口実で、実際は口止めのために連れてこられたのかもしれない、とルーナは冷や汗をかいた。
しかし。
「こら、お嬢さんたちが怖がってるぞ」
隣に腰掛けるラウリィが頭を軽く叩くと、彼は自分が険しい表情をしていたことに気付いた。眉間に刻まれたシワを伸ばすように指先で揉んでいる。
「すまない。この顔は生まれつきだ」
「そ、そうでしたか」
喋ってみれば、確かに怒ってはいないようだ。彼が悪感情から睨んでいたわけではないと知り、ルーナは胸を撫で下ろした。
「俺はリヒャルト・ゼトワール。シュベルト王国騎士団に所属している」
「そういや自己紹介がまだだったね。僕はラウリィ・エクレール。リヒトとは幼馴染みで同僚なんだ」
「私はルウと申します」
「アタシはティカです」
『リヒト』とはリヒャルトの愛称らしい。流れでルーナたちも名乗った。もちろん本名は明かさない。
「二人とも可愛い名前だね。なあリヒト」
「おまえはすぐ軽薄なことを」
ラウリィの発言に眉をしかめた直後、再び眉間のしわを指で消そうとするリヒャルトの様子に、ルーナとティカの緊張がややほぐれた。
「今日はこんなところまで呼び出して申し訳なかった。俺が直接行ければ良かったんだが」
「リヒトは先日の単独行動で謹慎食らってる真っ最中だもんな~」
「ばか、言うなラウリィ」
「だから代わりに僕が探しに行ってたってワケ」
そう言いながら、ラウリィは向かいに座るルーナにウインクして見せた。性格は真逆だが仲の良い同僚のようである。
「本題に入るぞ」
よほど謹慎から話題を逸らしたいのか、わざと咳払いをしてからリヒャルトが場を仕切り直した。
今日招かれた理由は先日の御礼のため。さっさと受け入れてしまえばすぐに帰れるとルーナたちは軽く考えていたのだが、話は思わぬ方向へと転がることになる。
「まず、これを見てくれ」
言いながら、彼はシャツの袖をまくって左腕を肘まで露わにした。鍛え上げられたたくましい腕に思わず見入る。
「こちらも」
今度は右の袖をまくる。右腕の肘に引きつれたような裂傷痕がうっすらと残っていた。
「あら?」
左右を見比べ、ルーナは疑問を抱いた。彼の左腕に自分の手を添え、角度を変えてじっくりと観察する。
「手首の傷が、ない……?」
あの日、路地裏で彼が負っていた左手首の傷が跡形もなく消えていたのだ。かなりの出血があり、一目で大怪我だと分かるほどだった。たった数日で消えるほど浅い傷ではなかったはずだ。
「まあ、ずいぶんと治りが早いのですね」
「いや」
ルーナは単に彼の体質的に傷の治りが早いのだと捉えたが、リヒャルトはすぐさま否定した。
「以前負った右腕の傷はこの通り痕が残っている。跡形もなく消えたのは今回が初めてだ」
「不思議なお話ですね。でも、お怪我が治って本当に良かった」
ルーナが素直な気持ちを口にすると、リヒャルトはわずかに動揺を見せた。シャツの袖を戻し、向かいのソファーへと座り直す。
「単刀直入に聞く。君は治癒魔法が使えるのか?」
「えっ」
予想外の言葉にルーナの目が丸くなった。
「君がくれたハンカチを巻いてすぐ痛みが引き、血が止まった。後に医者に見せるためにハンカチを外したら、すでに傷は消えていた。故に、傷を治したのは君か、このハンカチではないかと俺は考えている」
「えええ???」
今度こそルーナは仰天した。リヒャルトが手にしているハンカチは先日彼に渡した縫いかけのもので間違いない。
ルーナには魔力があるが、魔法として行使したことは一度もない。アルケイミアでは貴族の持つ魔力は自動で吸い取られ、居住区域の安全を保つ結界を維持するために消費される仕組みとなっている。魔力持ちの貴族が国外に出たとしても魔法が使えるわけではない。
クレモント侯爵家で過ごしていた頃も手慰みで刺繍をしていたが不思議な効果が付与されたことなどなかった。シュベルトに来てから店に卸したハンカチも普通に販売されているはずだ。
「わ、私には特別な力はありません。ハンカチにも、たぶん。お怪我はきっと別の理由で治りが早かっただけなのでは」
困惑するルーナに、ラウリィが含みのある笑顔を向けながら懐から何枚かのハンカチを取り出してみせた。
「これは君が店に卸した別のハンカチだ。調査のため入手させてもらった」
「調査……?」
「そう。リヒト以外にも作用するか試してみたんだ。その結果、怪我に対して一定の効果を発揮した」
驚きのあまり、ルーナとティカは無言で顔を見合わせた。
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