17 / 58
17話・消えた傷の謎
しおりを挟む騎士団の拠点で再会した青年は顰めっ面でルーナを睨みつけている。御礼というのは単なる口実で、実際は口止めのために連れてこられたのかもしれない、とルーナは冷や汗をかいた。
しかし。
「こら、お嬢さんたちが怖がってるぞ」
隣に腰掛けるラウリィが頭を軽く叩くと、彼は自分が険しい表情をしていたことに気付いた。眉間に刻まれたシワを伸ばすように指先で揉んでいる。
「すまない。この顔は生まれつきだ」
「そ、そうでしたか」
喋ってみれば、確かに怒ってはいないようだ。彼が悪感情から睨んでいたわけではないと知り、ルーナは胸を撫で下ろした。
「俺はリヒャルト・ゼトワール。シュベルト王国騎士団に所属している」
「そういや自己紹介がまだだったね。僕はラウリィ・エクレール。リヒトとは幼馴染みで同僚なんだ」
「私はルウと申します」
「アタシはティカです」
『リヒト』とはリヒャルトの愛称らしい。流れでルーナたちも名乗った。もちろん本名は明かさない。
「二人とも可愛い名前だね。なあリヒト」
「おまえはすぐ軽薄なことを」
ラウリィの発言に眉をしかめた直後、再び眉間のしわを指で消そうとするリヒャルトの様子に、ルーナとティカの緊張がややほぐれた。
「今日はこんなところまで呼び出して申し訳なかった。俺が直接行ければ良かったんだが」
「リヒトは先日の単独行動で謹慎食らってる真っ最中だもんな~」
「ばか、言うなラウリィ」
「だから代わりに僕が探しに行ってたってワケ」
そう言いながら、ラウリィは向かいに座るルーナにウインクして見せた。性格は真逆だが仲の良い同僚のようである。
「本題に入るぞ」
よほど謹慎から話題を逸らしたいのか、わざと咳払いをしてからリヒャルトが場を仕切り直した。
今日招かれた理由は先日の御礼のため。さっさと受け入れてしまえばすぐに帰れるとルーナたちは軽く考えていたのだが、話は思わぬ方向へと転がることになる。
「まず、これを見てくれ」
言いながら、彼はシャツの袖をまくって左腕を肘まで露わにした。鍛え上げられたたくましい腕に思わず見入る。
「こちらも」
今度は右の袖をまくる。右腕の肘に引きつれたような裂傷痕がうっすらと残っていた。
「あら?」
左右を見比べ、ルーナは疑問を抱いた。彼の左腕に自分の手を添え、角度を変えてじっくりと観察する。
「手首の傷が、ない……?」
あの日、路地裏で彼が負っていた左手首の傷が跡形もなく消えていたのだ。かなりの出血があり、一目で大怪我だと分かるほどだった。たった数日で消えるほど浅い傷ではなかったはずだ。
「まあ、ずいぶんと治りが早いのですね」
「いや」
ルーナは単に彼の体質的に傷の治りが早いのだと捉えたが、リヒャルトはすぐさま否定した。
「以前負った右腕の傷はこの通り痕が残っている。跡形もなく消えたのは今回が初めてだ」
「不思議なお話ですね。でも、お怪我が治って本当に良かった」
ルーナが素直な気持ちを口にすると、リヒャルトはわずかに動揺を見せた。シャツの袖を戻し、向かいのソファーへと座り直す。
「単刀直入に聞く。君は治癒魔法が使えるのか?」
「えっ」
予想外の言葉にルーナの目が丸くなった。
「君がくれたハンカチを巻いてすぐ痛みが引き、血が止まった。後に医者に見せるためにハンカチを外したら、すでに傷は消えていた。故に、傷を治したのは君か、このハンカチではないかと俺は考えている」
「えええ???」
今度こそルーナは仰天した。リヒャルトが手にしているハンカチは先日彼に渡した縫いかけのもので間違いない。
ルーナには魔力があるが、魔法として行使したことは一度もない。アルケイミアでは貴族の持つ魔力は自動で吸い取られ、居住区域の安全を保つ結界を維持するために消費される仕組みとなっている。魔力持ちの貴族が国外に出たとしても魔法が使えるわけではない。
クレモント侯爵家で過ごしていた頃も手慰みで刺繍をしていたが不思議な効果が付与されたことなどなかった。シュベルトに来てから店に卸したハンカチも普通に販売されているはずだ。
「わ、私には特別な力はありません。ハンカチにも、たぶん。お怪我はきっと別の理由で治りが早かっただけなのでは」
困惑するルーナに、ラウリィが含みのある笑顔を向けながら懐から何枚かのハンカチを取り出してみせた。
「これは君が店に卸した別のハンカチだ。調査のため入手させてもらった」
「調査……?」
「そう。リヒト以外にも作用するか試してみたんだ。その結果、怪我に対して一定の効果を発揮した」
驚きのあまり、ルーナとティカは無言で顔を見合わせた。
108
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

これは未来に続く婚約破棄
茂栖 もす
恋愛
男爵令嬢ことインチキ令嬢と蔑まれている私、ミリア・ホーレンスと、そこそこ名門のレオナード・ロフィは婚約した。……1ヶ月という期間限定で。
1ヶ月後には、私は大っ嫌いな貴族社会を飛び出して、海外へ移住する。
レオンは、家督を弟に譲り長年片思いしている平民の女性と駆け落ちをする………予定だ。
そう、私達にとって、この婚約期間は、お互いの目的を達成させるための準備期間。
私達の間には、恋も愛もない。
あるのは共犯者という連帯意識と、互いの境遇を励まし合う友情があるだけ。
※別PNで他サイトにも重複投稿しています。

王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる