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13話・追っ手
しおりを挟むルーナがマントの男と遭遇した日から何日か経った頃、仕事を終えて帰宅したティカは眼下に広がる惨状に目を覆った。
「ルーナお嬢様、これは……」
「本当にごめんなさい」
台所には小麦粉が舞い、床には鍋や割れた調味料の瓶が散乱している。恐らく棚から取ろうとした際に落としてしまったのだろう。
「ティカが帰ってくる前に夕食の支度をしたかったのだけど」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
ルーナは貴族の令嬢で、料理などしたことがない。故に家事はティカが一手に引き受けている。仕事で疲れて帰ってきたティカに食事の支度までさせていることに、ルーナは日頃から抵抗を感じていた。見様見真似でなんとかしようと試みたまでは良いが、結果はご覧の有り様である。
心遣いは純粋に嬉しい。一緒に台所を片付けながら、ティカは密かに喜びを噛み締めていたが、主要な調味料が全滅してしまったため食事の支度ができそうにない。
「仕方ありません。外に食べにいきましょうか」
ティカが外食を提案すると、ルーナはパァッと目を輝かせた。普段は家から出ないよう言われているため、外に出られること自体が嬉しいのだ。
外食といっても、行き先はティカの勤め先の定食屋である。夕方帰ったばかりの従業員が同居人を引き連れて戻ってきたので、店主も女将も驚いていた。事情を話すと、注文した料理とは別に明日の朝食にと持ち帰り用の軽食まで用意してくれた。
「店主さんたち、お優しいですね」
「ええ。いつもよくしてもらってます」
奥のテーブル席で顔を寄せ合い、ルーナとティカはフフッと笑った。
昼間とは違い、夜は酒を飲む客が増える。お行儀が良く、ある意味気が抜けない貴族の夜会とは全然違う。元貴族令嬢のルーナには騒がしい店内がとても新鮮に見えた。
楽しい夕食を終えて帰ろうとした時、定食屋の入り口の木戸が荒々しく開かれた。
「動くな!」
現れたのは数人の男だった。旅装姿の騎士で、手は腰の剣に添えられている。逆らえば斬り捨てると言わんばかりの高圧的な態度に、先ほどまで談笑していた客はみな固まった。店内に緊張が走る。
そこへ店主が進み出て、恭しく頭を下げた。
「あのぅ、ウチになにか御用でしょうか」
「人探しだ。協力しろ!」
「そりゃあ逆らいはしませんが」
店主と騎士たちの会話を奥のテーブル席で聞きながら、ルーナはさりげなく自分の頭を覆うスカーフを押さえた。彼らのマントにあしらわれている紋章はこの国ではなく祖国のものだからだ。
「どのような人物をお探しで?」
「十代後半の銀髪の少女だ」
間違いない、追っ手だ。
ティカは椅子から僅かに腰を浮かせ、視線だけで裏口の位置を確認した。狭い店内に加え、今いる席は建物のどん詰まり。騎士たちに気付かれないよう抜け出す経路は皆無。大人しくしてやり過ごす選択が最善だと判断する。テーブルの下で手を伸ばし、ルーナを安心させるために膝を撫でた。
「そんな目立つ容姿なら忘れやしませんがね、あいにく見掛けたこともありませんよ」
「勝手に調べさせてもらうぞ」
「ああっ、手荒な真似はよしてくださいよ。お客さんたちがびっくりしちまう!」
客をかばうように通路を塞いでいた店主を騎士が押し退ける。そして、店内をぐるりと見まわした。カウンター席とテーブル席は全て埋まっているが、若い女性客は数人しかいない上に茶髪や黒髪ばかり。すぐに騎士たちは奥のテーブル席のルーナたちに気が付いた。
「そこの女、頭の布を外してみろ」
騎士のひとりがルーナを指差して指示を出した。スカーフを外せば銀の髪があらわになってしまう。この状況で抗っても逃げ場はない。遅かれ早かれルーナの正体は暴かれ、彼らに捕まるだろう。
「騎士さま、あの子たちはウチの従業員ですよ。お探しの娘ではないと思いますが」
「うるさい、下がっていろ」
今度は女将が前に出た。従業員はティカだけだが、同居人であるルーナもまとめて守ろうとしてくれている。
ティカの勤め先であり、日頃よくしてもらっている店だ。騒ぎを起こして迷惑をかけたくはない。逃走劇もここまでかと観念し、ルーナはスカーフに手を掛けた。
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