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10話・月明かりの逃避行
しおりを挟む着替えの際、ティカは脱がせづらいデザインのドレスを選んだ。そして、不自然ではない程度に、より多くのアクセサリーを身に付けさせた。後で売り払い、路銀の足しにするためである。
脱いだドレスの周りに厨房から持ち出した骨付き肉をバラ撒いた。よく燃えるよう、廊下には油が撒いてある。離れの焼け跡から出た骨を見て、クレモント侯爵家の者は逃げ遅れたルーナの遺体だと思うだろう。
「よぉく調べればバレるでしょうけど、しばらくは時間が稼げます。その間に逃げましょう!」
「そうね、できるだけ遠くがいいわ。いっそ国から出てしまおうかしら」
「いいですね! そうしますか」
厩舎から大人しい馬を一頭拝借し、二人で乗る。手綱を握るのはティカだ。ルーナの銀の髪は目立つため、古びたスカーフでぐるぐる巻きにして隠している。質素な服装と相まって、傍からは平民の女にしか見えないだろう。
王都から出る際も検問などはなかった。日が暮れた後も仕事帰りの平民が多く行き交うため、門は開放されている。当たり前のような顔で通り過ぎれば、門番たちは気にも留めなかった。
街道に出て、暗い夜道を馬で進む。
「少し走った先に町があるんですが、王都に近いので追手が来るかもしれません」
「ティカと馬が大丈夫なら行けるところまでお願い。できるだけ遠くへ」
「わかりました、ルーナお嬢様」
ティカは慣れた手綱捌きで馬を操り、走らせた。その背にしがみつきながら、ルーナは遠去かってゆく王都の城壁を眺めていた。
「私、王都から出たことすらなかったんだわ」
自分が守ろうとしてきたものがちっぽけに思えて、ルーナはなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。
神官長から不正を疑われた時。
父親から宰相に嫁げと言われた時。
ルーナは命令に従うつもりがあった。
だが、腹違いの兄から襲われ、肥え太った宰相からえげつない趣味を明かされた時に何かがキレた。結局、個としてのルーナは誰も必要としていない。例え聖女に選ばれたとしても利用されているだけで愛されてはいないのだと理解した。実際に宰相から襲われ掛け、疑念は確信へと変わった。
亡き母の形見の首飾りは奪われたまま。本当の形見かどうかはわからないけれど大事なものに変わりない。幼い頃からずっと心の支えにしてきたのだから。
「……いつか取り戻せるかしら」
ルーナは視線を前方へと戻した。
月明かりに照らされた街道は闇に包まれていて先が全く見通せない。行く当てのない逃避行に不安や心細さを感じるけれど、言いなりになっていた頃よりずっと良いと思えた。
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