8 / 58
8話・宰相閣下への捧げ物
しおりを挟む体内に一定以上の魔力を宿す者は貴族となる。魔力量は血筋や個人の資質に左右され、わずかに検知できる程度から天災を引き起こすほど強大な魔力を持つ者も存在する。
世界では魔力で強化された獣が其処彼処に跋扈している。アルケイミア国内の都市や街、街道は貴族が張った結界で保護されているが、ひとたび結界から外へ出れば獣に襲われてしまう。
故に、無力な民は税を払い、結界内にある管理区域に住む権利を買う。貴族は自身に宿る魔力を結界維持に行使運用する役目を負う代わりに特別な身分と財を得る。これはアルケイミアの国民ならば誰もが知る常識だ。ちなみに、他の国ではまた違った管理体制が取られている。
とある理由からアルケイミアの王族……特に直系の男子は魔力をほとんど持たない。そのため、貴族の中からもっとも素質の高い女性を聖女として妻に迎え、魔力を補う必要がある。王族の男にとってなくてはならない存在。故に『聖女選定』での不正は絶対に許されない。
魔導具を用いて選定官を騙した罪でルーナは裁きを受けるはずだったが、回避する手段として宰相インテレンス卿との縁談が組まれた。第二夫人として宰相である彼の庇護下に入れば不祥事は揉み消される。突然舞い込んだ意に添わぬ結婚話だが、父の気遣いなのだと必死に思い込もうとした。何より、自分が他に役に立てる方法がルーナには分からなかった。
「ティカ、着替えを手伝ってちょうだい」
「わかりました、ルーナお嬢様」
顔合わせの前に他所行きのドレスに着替える。できるだけ美しく見えるよう、気に入ってもらえるように着飾らねばならない。
ティカとしては、仕える主人であるルーナを政略結婚なんかで嫁がせたくはない。だが、これも仕事だと割り切ってクローゼットを開けた。
もともとルーナはドレスもアクセサリーも最低限しか持っていなかった。聖女候補に上がった頃に体裁を整えるため幾つか買い与えられたとはいえ首飾りだけはない。常に母の形見を身につけていたからだ。
ドレスや小物の組み合わせに悩んでいたティカは、ふと思い立って考え込む。そして、ドレスを選び直してからルーナへと向き直った。
「ルーナお嬢様、こちらでお待ちください」
「ええ、ありがとう」
案内役に連れてこられた場所は本邸ではなく庭園の片隅に建つ離れだった。いつもより着飾ったルーナは客人を迎えるための部屋の中で気持ちを落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
今からこの離れで宰相インテレンス卿と顔合わせをする。不興を買わぬよう従順に振る舞わねばならない。
程なくして案内役が客人を連れてきた。インテレンス卿が部屋に入り、ソファーに掛けるまでの間、ルーナはドレスの裾を摘んで頭を下げ続けた。
「楽にしてよい、ルーナ嬢」
「は、はいっ」
低い男の声に恐る恐る顔を上げる。舞踏会の際に遠くから見かけたことはあるが、直接言葉を交わすのは今夜が初めて。ひと通りの挨拶を交わしながら、ルーナは目の前の人物を観察した。
インテレンス卿は五十を幾つか過ぎた男性で、たるんだ顎が詰襟の上に乗っかっていた。頬肉に押し上げられたせいか目は半円状に開かれ、常時笑っているように見える。上質な衣服を身に付けてはいるが、お世辞にも良いとは言い難い体型である。
見た目で人を判断しないルーナも、彼に対してあまり良い印象を抱けなかった。何より、彼が引き連れてきた護衛たちの存在が気になった。たったひとりの少女との面会に四人もの護衛が必要だろうか。こうした慎重さや警戒心が彼の宰相たる所以なのかもしれない、と密かに思う。
「さて、父君から既に話は聞いていると思うが、儂はルーナ嬢を第二夫人に迎えようと考えている。儂のものになれば、王宮内に流れている不名誉な噂はすべて事実無根として消してやろう」
「噂、ですか」
神官長に首飾りを奪われた直後に屋敷に帰された。故に、自分がどのように噂されているか、ルーナは知らない。
「魔力を偽って聖女となり王族を弑さんとした刺客であるとか、初期の選定に携わった神官を色仕掛けで誑かしたとか……」
どれも根も葉もない悪意ある作り話である。
「わ、私、そんなことしておりません!」
泣きそうになりながら弁解するルーナを見て、インテレンス卿は細い目を更に細くした。
84
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる