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3話・専属侍女の決意

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 お茶を淹れてから、ティカはソファーのかたわらに膝をつき、ルーナを見上げる。テーブルの上には趣味の刺繍ししゅう道具があるが、ルーナはとても手を伸ばす気にはなれなかった。

「なにがあったんですか、ルーナお嬢様」
「実は……」

 あふれる涙をハンカチで拭いながら、ルーナはたどたどしい言葉で事情を話した。

 神官長に母の形見の首飾りを奪われたこと。
 首飾りが魔導具ではないかと指摘されたこと。
 不正の疑いで聖女候補の資格を失ったこと。

 話を聞き終えたティカは唸った。
 たとえ聖女に選ばれずとも最終選抜まで残れば大変な名誉となるが、資格を剥奪された上に神官長の怒りを買ったとなればただでは済まない。もし不名誉な噂が広まれば、今後社交界での立場が悪くなる。

 ただ、ティカにはルーナが不正を働くとは思えなかった。普段から身に付けていた装飾品はルーナの亡き母の形見のみ。形見である首飾りが魔導具だという話は一度も聞いたことはない。

「きっと旦那様が神官長さまの誤解を解いてくださいます。だからもう泣かないで。ホラ、目の周りが赤くなっておりますよ!」
「ありがとう、ティカ」

 わざと明るく振る舞うティカの気遣いがうれしくて、ルーナはようやく口元に笑みを浮かべた。

「アタシ、蒸しタオルを用意してきますね」
「え、でも」
「まぶたが腫れてもいいんですか? いいから待っていてください。すぐ戻ってきますから、あんまり目をこすっちゃダメですよ!」
「ええ、わかったわ」

 ルーナの部屋から出たティカは使用人専用通路を抜けて厨房に向かった。料理長からお湯を分けてもらう。
 たらいを抱えて移動していると、背後に複数の気配を感じた。クレモント侯爵家の洗濯や掃除を担当している小間使いたちだ。遠巻きにティカを眺めながらヒソヒソと話をしている。

「ねえ、さっきお嬢様が……」
「絶対なにかあったわよねえ」
「もしかして問題を起こしたのかも」
「有り得るわ。だって、お嬢様ってさぁ」

 噂好きな小間使いたちがルーナを侮辱する言葉を発した瞬間、ティカはお湯入りのたらいを抱えたまま振り返った。

「全部聞こえてるよ! このお湯、アンタたちにぶちまけてやろうか!」
「きゃあ、こわい!」
「ああ嫌だわ、これだから異国の娘は」

 たらいを掲げたティカが怒鳴ると、小間使いたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 彼女たちがルーナを軽視している理由。
 ルーナの母親は現当主ステュードが別宅で囲っていた愛人だったという話だ。母親が病で世を去った後、幼い娘はクレモント侯爵家の本宅に引き取られたのである。

 それだけではない。

 本来、高位貴族の令嬢の専属侍女には下級貴族の娘が選ばれる。しかし、ルーナの専属侍女ティカは他国出身の平民。褐色の肌と黒髪はひと目で異質だと分かるだろう。もともと下働きとしてクレモント侯爵家に入ったティカを、正妻である侯爵夫人がルーナの専属とした。表立って愛人の子ルーナにつらく当たることはないが、扱いには明確な差をつけている。

 そんな理由であてがわれた侍女ティカを、ルーナは笑顔で受け入れた。心を開き、悩みを打ち明け、他愛のない話で笑い合ったりもした。立場の違いはあるけれど、友情のようなものを感じていた。

 だからこそ、陰口を叩く小間使いたちが許せない。ルーナを泣かせた神官長も許せない。

「お待たせしました~!」

 蒸しタオルをお盆に載せ、笑顔でルーナの部屋へと戻る。どんな事情があっても自分だけは味方でいようとティカは決意した。


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