【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢

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1話・聖女候補からの転落

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「ルーナ嬢、これは一体なんだ!」

 王宮の奥に建つ神殿の祭壇前。銀髪の少女ルーナは冷たい石の床にへたり込んだまま、自分を睨みつける壮年の男を見上げていた。男の手には先ほどまで彼女が身に付けていた首飾りが握られている。

「それは、母の形見で……」

 か細い声で答えると、男はフンと鼻を鳴らしながら首飾りを掲げて見せた。

「これは間違いなく魔導具だ。神聖なる『聖女選定』に於いて魔導具を身に付けるとは……もしや魔力を増幅して選定官を謀っておったのか? クレモント侯爵家は王家を侮辱するつもりか!」
「ち、違います! その首飾りが魔導具だなんて私は知りません」 
「言い訳など聞きたくない!」

 怒り狂う壮年の男は『聖女選定』を執り行う最高責任者、王宮の祭祀を司る神官長である。普段は温厚な彼が語気を荒げる様子に、周りに立つ聖女候補の令嬢たちはただただ戸惑っているようだった。
 そんな中、ひとりの令嬢が進み出た。

「神官長さま、今は最終選定の真っ最中ですわ。次代の聖女を選ぶほうが先決。取り調べは後でもよろしいのでは?」
「……ああ、貴女の言う通りだ。イリア嬢」

 落ち着いた彼女の声音に毒気を抜かれた神官長は怒りを鎮め、コホンと咳払いをした。
 令嬢イリアは長く艶やかな亜麻色の髪を揺らし、やわらかく微笑んだ。他の令嬢たちとは一線を画す冷静さと聡明さを持ち合わせており、最も聖女に近いと評されている。次に名前が上がるのはルーナだが、つい先ほどその資格を失った。

「ルーナ嬢。クレモント侯爵家には追って沙汰を出す。屋敷に戻って謹慎するがいい」
「は、はい」

 他の令嬢や選定官たちから冷ややかな視線を向けられる中、ルーナはよろよろと身体を起こした。先ほど首飾りを無理やり引きちぎられた際、首に小さな擦り傷ができたようだ。物心ついた頃から肌身離さず身に付けていた首飾りは神官長の手の中にある。とても返却を頼める雰囲気ではない。

「不正をするなんて信じられませんわ」
「そこまでして聖女の座が欲しいのかしら」
「やはりめかけの子は卑しいのね」

 退室するルーナの背に他の聖女候補たちの言葉が突き刺さる。侮蔑と嘲笑。居た堪れない空気の中、逃げるように王都内にあるクレモント侯爵家の屋敷へと戻った。

 この日を境に、ルーナの人生は大きく変わることとなる。

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