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第X X話・過去との決別 3

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 眞耶まやとの話し合いを中断し、謙太は龍之介を自宅マンションに連れ帰った。玄関に入った瞬間二人は深い溜め息をつき、そのまま床に座り込む。

「悪い。助かった」
「いいよ、オレが勝手についてっただけだし」

 喫茶店ではろくに喋れなかったことを龍之介が詫びると、謙太は肩をすくめて笑った。

「……まさか、あんな話をされるなんて」



──子連れで離婚し、龍之介とよりを戻す。



 眞耶の身勝手な要求に驚いたのは確かだが、その話をされる前から身体が強張って動けなかった。相槌や作り笑いを浮かべることすら出来なかった。

「実は、リュウがあの子と復縁するかもしれないって思ったからついていったんだ」
「眞耶と復縁? 有り得ないだろ」
「うん、それは実際見て分かった」

 龍之介の心の傷は二年経っても全く癒えていなかった。つまり、それだけ彼女に対する想いと負わされた傷が深かったということ。

「無精子症でさえなければ彼女と結婚してただろ? 子どもの件をクリアしちまえば何も問題はないわけだし、リュウが彼女の元に戻っても不思議じゃない」
「ばか。今さらそんなことするか」

 寂しげに笑う謙太を抱きしめる。

 今の関係は、それぞれ相手と破局したから成り立つもの。前提が覆ればどう転ぶか分からない。復縁も選択肢の一つだが、龍之介は否定した。

「今日ハッキリ分かったよ。俺はもう眞耶とは無理だ。あっちが何を言おうと前みたいに付き合えない」
「そっか」

 ようやく謙太がいつもの笑顔を見せた。不安を隠したまま付き添い、支えてくれた。

 龍之介が一緒に居て安心できる相手は謙太だけ。眞耶は完全に過去の人間となっていた。

 今後どう対応すべきか話し合う。

「着信拒否するのは簡単だけど、俺のこと調べたって言ってたし、連絡が取れなくなれば自宅ここに無理やり押し掛けてくるかもしれん。納得してもらわないと」
「あの子なんなの?お嬢様?」
「親が地主なんだ。跡継ぎ云々も親の意向で」
「ああ、なるほど」

 あちらの親は娘の眞耶が産んだ子どもさえいれば種が誰でも構わないのかもしれない。
 夫に不満を抱く眞耶は、世話好きの龍之介ならば子育てに積極的に参加してくれると期待している。家事育児に非協力的な夫と別れ、元彼である龍之介と子連れ再婚しようと目論んでいるのだ。

 一度は龍之介を捨てておいて何を勝手なことを、と謙太は憤った。

 よくそんな話を臆面もなく出来たものだと呆れるが、追い詰められておかしくなっている可能性もある。実際、先ほどの彼女の様子は只事ではなかった。

「眞耶は我が儘ではあったけど、あんなこと言うような性格じゃなかった」

 嫌いで別れたわけじゃない。好きだったからこそ、彼女の言動が信じられない。

「あのさ」

 いつになく真面目な謙太の声に、リビングのソファーで項垂れていた龍之介は顔を上げた。

「リュウがあの子と復縁する気がないんなら、形だけでもいいからオレと入籍しとく?」
「は???」
「あー、男同士は入籍できないんだっけ。パートナーシップ制度? それでもいいから」

 突然の申し出に龍之介は戸惑った。

「ばか。よく考えろ」
「ちゃんと考えたのに」

 まともに取り合ってもらえず、謙太は唇を尖らせた。

「リュウにその気がなくてもあの子は無理やり話を進めてくるかもしれない」
「……そうかもな」

 普通なら有り得ないが、思い詰めた人間は何をしでかすか分からない。実際に会って話してみて、龍之介も痛感した。

 眞耶は龍之介が自分に未練があると思い込んでいる。二年前ならまだしも、今はむしろ会うことすら避けたいくらいなのに、彼女にはそれが理解できない。

 以前の謙太は家庭をかえりみていなかった。妻の寧花ねいかと心の交流が出来ておらず、かつ仕事が忙しかったのが原因だ。龍之介に怒られ、謙太は子育ての大切さを学んだ。

 結局離婚したが、それは別の理由が原因だ。

 眞耶の夫も根気よく鍛え直せばきっと変われる。変える努力もせず、既に家事育児のいろはを身に付けている龍之介を狙った眞耶に対し、謙太は嫌悪感を露わにした。

「勝手に婚姻届だされる場合もあるんだぞ」
「え、なにそれ」
「離婚手続きした時に弁護士さんから色々聞いたんだ。意外とそういう事例があるらしい」
「マジか……」

 とりあえず、謙太が以前世話になった弁護士に相談して間に入ってもらうことにした。

 まず役所に不受理届を出し、勝手に婚姻届や養子縁組をされないように対策をした。

 その上で龍之介は眞耶の実家に『もう関わらないでほしい』と意志を伝えた。
 間に弁護士を挟んだことで、すんなりと諦めてもらうことができた。あちらの両親も眞耶の異常さを改めて知り、謝罪してくれた。

「眞耶は育児ノイローゼ気味だったらしい。今は子どもと実家に帰ってるって。あんなこと言ってきたのも追い詰められていたからなんだろうな」
「気の毒だけど、リュウを巻き込んだのは許せん」
「はは。なんでおまえが怒るんだよ」

 笑った後、龍之介は寂しげな目を窓の外に向けた。
 このマンションに引っ越してきたのは、眞耶に捨てられたからだ。当時はここで朽ちていくだけだと思っていたが、今は違う。

「……ケンタがいてくれて良かった」

 もし今も一人だったら、寂しさに負けて言いなりになっていたかもしれない。

 だが、一度は自分を捨てた相手だ。
 龍之介はもう眞耶を信じられない。

「ずっと考えてたんだ。リュウを他の人に取られないようにするにはどうしたらいいかって」
「そんなの、俺のほうが考えてるよ」

 謙太には選択肢がある。
 でも、謙太は龍之介を選んだ。

「オレが余所見よそみすると思う?」
「思う」
「言ったな?」

 ムッとした謙太が無理やり抱きつき、龍之介は腕の中からするりと逃げた。沈んだ顔から一転、今は悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 謙太が転がり込んできた日から、このマンションの部屋は無機質で静かな生活とは無縁となった。龍之介の孤独は謙太によって少しずつ癒されている。

 もう他者が入り込む余地などない。




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