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本編
第26話:冷える心
しおりを挟む翌日も龍之介昼間は自宅へ帰って仕事をして、夕方謙太のマンションに戻った。
謙太は残業や接待を免除してもらっていた。おかげで今週はずっと定時に上がれているのだが、それが妻子が出て行った後というのが何とも皮肉だ。
「今日は居酒屋メニューを買ってきた」
「おお~……!」
ダイニングテーブルではなくリビングのローテーブルに並べられているのは、まさに居酒屋によくあるものばかり。
唐揚げ、焼き鳥、モツ煮込み、枝豆などなど。以前謙太がコンビニで買ってきた酒とスナック菓子やスルメ、チーズもある。
「全部食って飲んじまおう」
「よっしゃ!」
宅飲みが始まった。
平日ど真ん中の夜だから、今ある酒がなくなったら買い足さずにお開きとなる。大した量ではない。さほど酔わずに済む、と二人は思っていた。
しかし、久々に飲むと酔いが回るのも早い。缶ビールを二本空けたあたりで謙太はすっかり出来上がっていた。
「おまえ、そんな酒弱くて接待出来んのかよ」
「いやいや、普段はこれくらいじゃ酔わねーよ。でも、今日はなんか、クラクラする……」
「まだ本調子じゃなかったかもしれないな。もう飲むのやめとけ。あとは俺が飲む」
「リュウは酒つえーな」
「こんなん水と一緒だよ」
そう言いながら、龍之介は四本目の缶チューハイを飲み干した。
「……リュウはさぁ、結婚しないの?」
つまみをほとんど食べ尽くしたあたりで、謙太が口を開いた。酒が入っているからか、それともこんな状況だからか、普段なら聞かないようなことを尋ねる。
その問いに、龍之介はフッと鼻で笑った。
「相手がいねぇよ」
「ふうん?」
その返答に、謙太は首を傾げた。
「大学ん時に彼女いたろ。てっきりあの子と──」
「別れた。二年くらい前に」
「あー……そうだったんだ」
社会人になってからあまり連絡を取り合っていなかった。たまに会ってもそんな話題が出ることもなかった。だから、龍之介は彼女とうまくいっているものだと謙太は思い込んでいた。
「でもさあ、リュウみたいに家事も育児も出来る男なら引く手数多だろ。そのうち良い人見つかるよ。まあ、オレに言われても説得力ないだろうけどさ」
素直に思ったままを口にする。
それを聞いて、龍之介は最後の缶ビールに手を伸ばした。少し温くなったビールを半分ほど飲んでから、ふう、と大きく息をついた。
「俺は結婚なんかしない。そういうの、向いてないんだ。家事は一人で生きてくのに必要だから身に付けたし、育児はただの慣れだ。そんなの大して重要じゃない」
「向いてない?」
「おまえには分からねーよ。……ホラ、明日も仕事だろ? 片付けといてやるから、さっさと風呂入って寝ろ」
「う、うん」
そのまま残りのビールを一気に飲み干して、龍之介は謙太を風呂場へ追いやった。
昨夜と同じように、リビングの片隅に敷いた客用布団で背中合わせに寝る。
「ケンタは一人じゃ生きていけないタイプだよな」
「……なにも出来ないから?」
「それもあるけど、孤独に耐えらんないだろ」
最初に寧花が出て行った時も、陽色を連れていかれた時も、謙太はものすごくショックを受けていた。龍之介と行き違いになりかけた時もそうだ。
謙太は置いていかれることに耐えられない。
もうトラウマになっているのかもしれない。
「だから、なんとしても寧花さんと陽色に戻ってきてもらえ。おまえには一緒に暮らす家族が必要だ」
「でも、寧花は……」
寧花は謙太に負い目がある。元に戻ったとしても、彼女はきっと辛い思いをするだろう。
だが、龍之介にとって寧花の気持ちなどどうでもいい。謙太の心の安定が最優先だからだ。
「人を気遣う前に、まず自分を大事にしろ。……おまえみたいな奴は普通の生活に戻るのが一番いいんだよ」
「……そう、かな……」
友人からのあたたかい助言のはずなのに、その言葉を聞いた謙太の心は何故か冷えていった。
布団の中でくっついている背中のぬくもりすら昨日とは違う。
こんなに側にいて言葉を交わしているのに、誰よりも遠く感じた。
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