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本編
第24話:密かな決意
しおりを挟む食欲は少し戻ったが、まだ不眠の症状が残っているようだった。明日も仕事だというのに、謙太はなかなか寝室に行きたがらない。空になったベビーベッドを見るのが嫌だからだ。
「一緒に寝るか」
「……うん」
リビングのソファーで一晩過ごそうとする謙太を見兼ね、龍之介が声を掛けた。やはり心細かったのだろう。謙太はすぐに頷いた。
客用布団はシングルサイズで大人の男が二人並んで寝るには狭い。だが、寝心地はソファーよりマシだ。
「もっと端に寄れよ」
「オレ腕がはみ出てんだけど」
「こっちもだよ。背中合わせにするか」
「そだな」
狭い布団の中で場所を奪い合い、二人はようやくベストな体勢に収まった。
「高校ん時にもこうやって一緒に寝たことあったな」
「リュウがうちに泊まりに来たやつ?」
「そうそう。おまえの部屋に布団敷いてもらってさ。ケンタはベッドで寝てたのに、いつのまにか俺の布団に入ってて」
「だってさあ、ベッドと床に敷いた布団じゃ高さも違うし距離があるんだよ。寂しいじゃん」
あの時より身体は大きくなった。
故に布団は更に狭くなっている。それなのに、背中から感じる体温や近くで聞こえる声が心地良くて全く窮屈に感じなかった。
数日前に一緒に寝た時は二人の間に陽色がいたな、と思い出す。もうあんな風に川の字になって眠ることはないのだ。
「リュウ」
「ん?」
「おまえがいてくれて良かった。オレひとりだったら、たぶん……」
この部屋は一人で過ごすには広過ぎる。
子どもが生まれるから、と結婚を機に少し広めのマンションを借りたのだ。そうでなくても寧花や陽色と過ごした部屋だ。何を見ても居なくなった二人を思い出してしまう。
「辛いなら俺んち来る?」
「いや、そこまで迷惑掛けれん」
「今更じゃねえ?」
「……そうだよな、すまん」
「まあいいよ。でも、俺もいつまでも家を放ったらかしに出来ないからさ、明日帰る」
「えっ!?」
「安心しろ、おまえが帰ってくる時間にはここに居てやるよ。どうせケンタ一人じゃ飯も洗濯もしなさそうだし」
「そ、そうか。悪い」
「だから、今更だっての」
まだ不安定な謙太を一人にするわけにはいかない。特に家にいる時は。この環境から引き離そうとしたが、流石に遠慮されてしまった。
話をしているうちに、二人はいつのまにか寝入っていた。
深夜。
掛け布団を奪われ、龍之介は寒さで目を覚ました。布団の位置を直してから、隣で背中を向けて寝ている謙太の顔を覗き込む。頬をつついても起きないところをみると、ちゃんと眠れているようだ。
でも、寝顔は安らかとは言えない。
眉間に皺を寄せ、時折うなされるように声を上げる。悪い夢でも見ているのかもしれない。
「……よしよし、大丈夫だぞ」
夜泣きした陽色をあやした時のように声を掛け、謙太の背中をとんとんと軽く叩く。しばらく続けていたら唸り声は上げなくなった。再び顔を覗くと、眉間の皺は消え、ほんの少しだけ表情が安らいだように見えた。
「本当に起きないな」
声を掛けても背中に触れても謙太は目を覚まさない。余程のことがなければ目覚ましのアラームが鳴るまで起きないのだろう。
「もしおまえが……したら、俺はもう──」
眠る謙太に向けて呟いた言葉は、龍之介自身の耳にも届くことなく夜の闇に消えていった。
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