【完結】君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
22 / 86
本編

第22話:胸騒ぎ

しおりを挟む


 出勤する謙太けんたを見送ってから、龍之介りゅうのすけはとりあえず部屋の掃除を始めた。

 寧花ねいかは必要最低限のものしか持っていかなかったから、ほとんどが残されたままとなっている。
 リビングの至る所に絵本やオモチャがあった。目にする度に陽色ひいろのことを思い出し、胸が締め付けられるように痛む。たった数日過ごしただけの龍之介でさえこうなのだから、あまり世話をしてこなかったとはいえ、ずっと一緒に暮らしてきた謙太はどれほど辛いだろうか。


 キッチンには哺乳瓶や離乳食用の食器。
 小さなスプーン。
 ストローマグ。
 寝室にはベビーベッド。
 子供用の小さな枕と布団。
 ぬいぐるみ。


 見えない場所に片付けようかと思ったが、陽色がいた証が無くなってしまう気がして出来なかった。所定の位置に戻すだけにしておく。

 洗濯と掃除を済ませ、買い物に出る。

 平日の昼間。すれ違うのは小さな子どもを連れた母親ばかり。陽色に似た声がすると反射的に振り返ってしまい、龍之介はその度に落胆した。







 軽めの夕食を用意して謙太の帰りを待つ。
 静かな室内が落ち着かなくて、龍之介はリビングのテレビをつけた。再放送のドラマやバラエティ番組を見る気力もなく、ニュース番組を流してBGM代わりにする。
 持参したノートPCでメールのチェックをして、簡単な仕事を進めようとするが、全く身が入らない。恐らく謙太も今日は仕事にならなかっただろうなと考える。

 今日くらいは残業せずに帰ってくるはずだ。定時に上がれば遅くとも十九時には帰宅出来る。
 それなのに、謙太はまだ帰宅していなかった。

 休んでいたぶんの仕事をやらされているのかもしれない。帰りを待つとは言ったが、何時に帰るかは聞いていない。謙太の帰りを今か今かと待ちわびる。

 その時、テレビ画面に速報が入った。
 人身事故で電車運休。よくあるニュースだ。

 だが、アナウンサーが読み上げた事故の詳細を聞いて、龍之介は顔を上げた。それは、今朝謙太に手渡した定期に記載されていた路線と駅名だったからだ。





 ──まさか。





 胸騒ぎがして、その場でじっとしていられなくなった。

 龍之介は慌てて上着を羽織り、玄関に向かった。気ばかりが急いて靴がうまく履けない。震えてもつれそうになる足を叩き、転がるようにドアの外に出る。

 駅までいけば何か分かるかもしれない。その一心でマンションの通路を走り、エレベーターのボタンを連打する。

 なかなか来ないエレベーターに苛々しながら、階段で行こうかと龍之介は迷った。そうこうしているうちにランプが点灯し、エレベーターが到着した。

 扉が開いたと同時に飛び込もうとしたら、中には驚いた顔をした謙太が立っていた。

「ケ、ケンタ」

 朝と同じ、目の下に隈がある酷い顔だ。急に現れた龍之介に目を見開いていたが、次第にその顔は歪んでいった。

「リ、リュウぅ、どこ行くんだよ。待ってるって言っただろぉ!?」
「……おまえが電車に飛び込んだかもって思って」
「そんな度胸ねえよバカ」
「そ、そうか……よかった」

 帰宅が遅れたのは、やはり人身事故の影響だった。振替輸送のバスを待って最寄り駅に向かい、ようやく帰宅出来たという。

「おまえまでいなくなるなよぉ……!」
「うん、うん」
「リュウ、リュウぅ……!」

 泣きながら縋り付いてくる謙太を抱き締め、龍之介も泣きそうになるのを必死に堪えた。

 ちょうど帰宅時間と重なったせいか、この階の住人がまた騒ぎを聞きつけて通路に顔を出し始めた。人が集まる気配を感じ、龍之介は謙太を引き摺って部屋へと駆け込んだ。
 玄関の鍵を閉めて、二人並んで溜め息をつく。

 マンションの共有部分で騒ぐのは二回目だ。

「……そのうち管理組合から苦情が来そうだな」
「はは、住みづらくなるじゃん」

 二人は涙目のまま笑った。
しおりを挟む
《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。
感想 37

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...