19 / 86
本編
第19話:寧花の事情
しおりを挟む日曜の午前中に寧花がやってきた。荷物は大きな茶封筒ひとつのみ。家を出た時に持っていったという旅行カバンはない。
これは一時的な帰宅ということだ。
夫婦の話し合いに部外者がいるわけにはいかない、と龍之介は席を外そうとした。しかし、寧花と謙太の両方から引き止められてしまった。
ダイニングテーブルに向かい合って座る二人。
陽色は数日ぶりに会った母親にくっついて離れない。寧花は何故か複雑そうな表情で陽色を膝に乗せて抱いている。
龍之介は謙太の隣に座り、二人の話し合いを見守ることになった。
しばらく沈黙が続いた後、寧花がバッと頭を下げた。テーブルに額がつく勢いだ。
「……ごめんなさい、謙太さん」
寧花が口にしたのは謝罪だった。
これは突然子どもを置いて家を出たことに対する謝罪だろうか。罵倒されると思い込んでいた謙太は寧花の態度に困惑し、慌てふためいた。
「あ、いや、オレもごめん。ずっと子育て任せっきりにしちゃって。……ホントにごめん」
負けじと謝る謙太。
しかし、寧花はまだ頭を下げたまま。どうも様子がおかしい。彼女は青い顔をして、額には脂汗をかいていた。陽色を抱いている手も震えている。
「離婚してください」
寧花はいきなり離婚を切り出してきた。
やはり謙太が家庭を顧みなかったからかと思われたが、そうではなかった。寧花は持参した封筒から一枚の書類を取り出した。
謙太はそれを恐る恐る手に取った。
「……親子鑑定?」
DNA鑑定報告書。見出しには太字で『親子関係 否定』と表示されている。
『擬父は子の生物学上の父親ではない』
『父権肯定確率:0パーセント』
そこに並ぶ文言は全て父と子の血の繋がりを否定するものばかりだった。
「陽色は謙太さんの子どもじゃなかったの。ごめんなさい」
「……え、なに、どういうこと?」
書類を手にして文面を何度も読み返すが、あまりにも突然のことで謙太は理解が追い付かない。問い質そうにも次の言葉が出てこず、ただ書類と寧花、そして陽色を交互に見つめるのみ。
「つまり、浮気してたってこと?」
「違います、それは絶対ありません!」
横から龍之介が口を挟むと、寧花は顔を上げて否定した。
では、何故陽色は謙太の子ではないのか。
それは二人の馴れ初めに原因があった。
当時、前の交際相手と別れたばかりだった寧花は失恋の痛手を癒やすために参加した飲み会で謙太に出会った。そして、その日のうちに関係を持った。
「……おまえ……」
「オレも失恋したばっかで悪酔いしてたんだよ」
それを切っ掛けに二人は交際を開始し、その一ヶ月半後に妊娠が判明。寧花が妊娠を打ち明けた時、謙太は迷わずプロポーズしたという。
「付き合って間も無いのにすぐ結婚を決めてくれて、すごく嬉しかった」
この時、寧花はおなかの子が謙太の子だと信じていた。
「でも、六ヶ月健診で引っ掛かって検査した時に血液型が合わないことに気付いて」
陽色の成長が遅いからと血液検査を受けた。その際に、謙太と寧花からは生まれるはずもない血液型だと判明した。
そこで寧花は初めて陽色が謙太の子どもではない可能性に思い当たった。すぐにDNA鑑定キットを取り寄せ、調べることにした。
結果が届いたのが家を出る数日前。
「え、待って。オレそんな検査受けてない」
「謙太さんが寝ている間に細胞を取ったの」
「嘘だろ……」
DNA鑑定の検体を取るには、専用の綿棒で口の中を何度も擦って細胞を採取する必要がある。
謙太は一度寝たら起きない。気付かれずに検体を手に入れるのは非常に簡単だっただろう。
「たぶん、陽色は前の彼氏の子どもだと思う。騙すつもりはなかったけど、結果的に謙太さんを裏切ることになってしまって……本当にごめんなさい」
泣きながら謝る寧花を前にして、謙太と龍之介は完全に言葉を失った。
0
お付き合いはお試しセックスの後で。
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています

雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる