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本編
第18話:言えない言葉
しおりを挟む陽色は完全に復活した。
リビング内を縦横無尽に這い回るから目が離せなくなった。敷きっぱなしだった客用布団をベランダに干し、溜まっていた洗濯をして、部屋を掃除する。たったそれだけの家事をするにも、陽色の様子を見ながらではなかなか進まない。主婦業は大変だと龍之介は改めて思う。
それに、熱でダウンした謙太の世話もある。
「リュウぅ、しんどい」
「わかったわかった。氷枕作ったから頭あげろ」
「うぅ……」
昨夜、実家の母親に電話した後からまた熱が上がったところを見ると、やはりストレス性なのだろう。何も考えていないようで全部抱え込んでしまっている。
病院で貰った解熱剤も効きが良くない。病気ではないからだ。
「なんか食べたいもんあるか」
「カ……カツ丼……」
「おまえ揺るぎないな。いいよ、わかった」
「うん……」
息も絶え絶えだというのに謙太の食欲は失せてはいなかった。
抱っこ紐に陽色を入れて、歩いて近所のスーパーに向かう。
土曜の昼前。
すれ違うのは家族連ればかりだ。時々父親らしき男性がひとりで子どもの相手をしている様を見掛けた。目が合うとみな軽く会釈してくる。龍之介も同じ仲間だと思われているのだ。
それがなんだかこそばゆく感じて、龍之介は落ち着かなかった。
その日の夕食後。
熱は下がったが、謙太はまだ元気がなかった。
ノートPCで仕事をする龍之介の向かいに座り、テーブルに突っ伏している。足元では陽色がオモチャで遊んでいる。カラカラ、と鳴る音を聞きながら、この環境にも慣れてきたなと龍之介はぼんやりと考えていた。
「あのさ」
謙太が突然話し掛けてきた。なんだか落ち着かない様子でそわそわしている。
「なんだよ」
「……今後の話なんだけど……このまま、もし寧花が帰ってこなかったらさ……」
いつの間にか謙太の手には封筒があった。
「一昨日、会社帰りに貰ってきた」
「ああ……」
市役所の大きな封筒。話の流れから、中身はおそらく離婚届だろうと龍之介は推測した。あの日、帰りが少し遅かったのは書類を取りに行っていたからか、と納得する。
寧花が陽色を置いて家出してから丸四日。
能天気に見えて色々考えていたのだろう。謙太がここまで覚悟をしていると知り、龍之介は驚いた。
「だから、もし──」
謙太が何か言い掛けた時、スマホが鳴った。
『寧花さんは日曜に一旦そちらに戻るそうです。きちんと二人で話し合いなさい』
謙太の母親からのメールだ。無事寧花の実家と連絡が取れたようだ。これには謙太も安堵したようで、深い溜め息をついていた。
「良かったじゃないか。後はとにかく謝って、寧花さんに戻ってきてもらえよ」
「……う、うん」
珍しく歯切れの悪い返事をする謙太に、龍之介は首を傾げた。
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お付き合いはお試しセックスの後で。
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