3 / 41
第1章 運命
3話・伊咲センパイの噂
しおりを挟む最悪のファーストコンタクトの後、開き直った俺は毎日のように中庭に足を運んだ。タイミングによっては会えない日もあったけど、伊咲センパイは大抵同じベンチにいてぼんやりしてるか本を読んでいる。
「うわ。また来た」
「人をオバケみたいに」
「オバケのほうがマシだよ」
何度か会ううちに、こんな風に軽口を言い合うようになれた。
「獅堂くん暇なの? 講義は?」
「次は四限なんで後一時間くらい空いてます」
「そう。僕はそろそろ行くけど」
「嘘! いま会ったばっかなのに?」
「僕には僕の都合があるんだよ」
相変わらず素っ気ない態度だけど、予定がない時は逃げずに話し相手をしてくれる。優しい人なのだ、伊咲センパイは。
「はあ、今日も好き。付き合いたい」
「また君はそういうことを……」
雑談には応じてくれるが、交際云々の話になると毎回眉間にしわを寄せて不機嫌になる。でも、俺は気持ちを伝えるのをやめなかった。好きだな~と思ったら勝手に口から出ちまうし、言わなきゃ届かないから。
「じゃあね」
「ハイッ、また明日!」
中庭の片隅で伊咲センパイと過ごすほんの僅かな時間が最近の俺の心の糧だ。
「また中庭に通ってたのか獅堂」
「おう」
昼休み、食堂で昼メシを食いながら千代田は呆れ顔で俺を見た。
「もう半年くらい経たねえ? よく飽きないな」
「飽きるわけないだろ、毎日楽しいよ」
「そういうもんかねぇ……」
伊咲センパイの話題になると千代田の表情が暗くなる。仲の良い俺が伊咲センパイに取られたみたいで寂しいんだろうか。いや、こいつはそんな可愛い性格じゃないわ。
「なんだよ、文句あんのか」
「べつに。ただ……」
やはり、なぜか歯切れが悪い。
「今日はもう講義ないだろ。メシ食ったら場所変えようぜ」
千代田からの提案に疑問を感じつつ頷く。
食堂で言えば済むのに、わざわざ別の場所に移るなんて意味がわからない。周りに聞かせられないような話をするつもりだろうか。
食後、千代田の後について空き教室に入ると、言いにくそうに口を開いた。
「実は扇原先輩には妙な噂があってな、ゼミの先輩から聞いちまったんだよ」
千代田が教えてくれた噂は『扇原伊咲は男好きのビッチ』『男を取っ替え引っ替えして遊んでいる』という不愉快極まりない内容だった。
「三年では知らない人はいないくらい広まってる話らしい」
「なんだそれ。初耳なんだけど」
「学部と学年が違うからな。接点がないから噂も流れてこないんだよ」
悪い噂を聞いて、初めて合点がいった。
伊咲センパイが講義を受ける以外の時間を中庭で過ごしている理由。いつ会いに行っても彼は一人ぼっちだった。誰かと一緒にいるところは見たことがない。あれは、好奇の視線から逃れるためだったのか。
「なんでそんな話を俺に教えた」
「まさか獅堂がここまで扇原先輩にのめり込むとは思ってなかったんだよ。脈がないならサッサと次に行きゃいいのに、ぜんぜん諦める気配ねえし」
以前の俺は誰かにここまで執着しなかった。女の子と付き合っても長続きしないし、別れる時も相手に未練すらなかった。情が薄いのかと自分を疑ったこともある。
それなのに、伊咲センパイに対しては違う。毎日のようにしつこく言い寄ってはウザがられている自覚はある。でも、伊咲センパイは決して俺を拒絶しない。いつも軽くかわすだけ。そんな彼が噂通りのビッチだなんて信じられない。信じたくない。
「そもそも、噂がホントなら半年間も俺が振られ続けるわけないだろが」
「よっぽど獅堂が好みじゃないとか?」
「やめろ傷付く」
千代田くん、チクチク言葉はやめよっか。
1
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる